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繰り返しになりますが、私は、常識というものをよくつらまえている人間です。
よってこの世界の「寂しさ」いうものを
誰かと分かち合いたい、わかってほしいと
常々思っているのであります。
今向こうにいる彼女は、幽霊やお化けと言った類のものではないのです。彼女の元に行くことは叶わぬにしろ、
声をかけたいという衝動に駆られぬはずはないのです。
しかし現状はというと、衝動にかられぬどころか、その風景に恐怖し、逃走欲をかきまわされているのであります。
恐怖の体からにじみ出んとするのをぐっとこらえて、私は彼女を呼ぼうと踏ん張っています。「ピチャリ」地面へ滴り落ちた水が、美しい音をどこまでも響かせます。
唐突に彼女の声が聞こえてきました。
「下を、、、見て。」
私は戸惑いました。
彼女の声が清らかな残響となって響いていきます。
彼女は促すように私を見つめていました。
しぶしぶ、私は下を覗き込みます。
下にはただ深い闇があるばかりでした。
ずっと見ておりますと、黒という色そのものに食べられてしまうかのような恐怖を覚え、私は目を背けます。
「どう、、、見える?」
私は彼女の問いに答えることができませんでした。
「怖い?」
「怖い。恐怖が体からせり上がってくるようで、、、。」
私はなんとかして正気を保ちます。
気を抜いたら、ある意味美しいとも言える
静かな恐怖に、狂いそうになっていました
「私は、、、そうは思わない。
この下はとても澄んでいて、、、
とても優しい感じが、、、する。」
私には彼女の言っていることが、全く分かりません。
霧が私の体を不気味に撫でていきます。
見ると、彼女がこちらへ向かってきます。
もちろん、私と彼女は別々の陸地にいるのですから、私の常識からいえば、近づこうにも近づけないはずです。
彼女は二つの陸を隔てる真っ黒い闇を
丸太の橋を渡るようにして、歩いてくるのです。
静かな驚きが、私の中を駆け回って、
私はその場から動くことができませんでした。
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