10、生還者の話

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 視界いっぱいに土煙が広がる。その煙の中からぴょんと一人が飛び退いて出てきた。アリアじゃない、まったく見覚えのない中学生くらいの少年だった。  少年はちらりとこちらを見ると「チッ」と舌打ちをした。たぶん一瞬のことだったのだろうが、妙にゆっくりとはっきりと見えた。もう一人が弾丸のような速さで飛び出す。こちらはアリアだった。  少年がギリギリの所でアリアをかわす。避けられたアリアはくるりと(きびす)を返すと、黒い霧を全身から放った。  霧は直ぐに形を作るように密集し、三本の触手としか言い表せない細長いものになる。触手は三本とも少年に向かい彼の体をからめ捕ったかのように見えた。しかし少年の姿は幻のように消えてしまう。  「後ろだ」  アリアの叫び声に振り返ると少年がそこにいた。高速移動なのか瞬間移動なのかは分からないが、あの一瞬でここまで移動してきたようだ。アリアがここまで本気を出して取り逃がすなんて久し振りに見た。  背後から爆音を鳴らしながら雷撃が追い越していく。もはやアリアに安全に捕らえようという気持ちはなくなってしまったようだ。  少年は迫り来る雷撃に手をかざすと、黒くつるんとした壁を出現させて前を塞ぎ、その壁に雷撃を吸収させた。壁が消えるとちょうど少年が走って廊下の角を曲がるのが見えた。……今度は高速移動なり瞬間移動なりで逃げないのか?  俺は目をつぶり検診棟の間取りを思い出す。空間を繋ぐ能力は繋ぐ場所と場所を知っていないとできない。よく出入りしていたここなら簡単た。少年が進むであろう場所の天井と、今俺が立っている床の空間を繋ぐ。足元の床が消え下の廊下が見える。重力に従い落下すると、丁度少年が走り込んでくる最高のタイミングだった。  少年が怪物でも見たかのような顔でこちらを見上げる。俺の手はもう少しで少年に触れるところだ。しかし真横から気配が急接近してきたので慌てて体勢を変えて迎え撃った。それはアリアが使ったのとよく似た黒い触手だった。  それは俺をはね飛ばすと直ぐに消えてしまい、少年の姿ももうなかった。
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