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家には、朝出かけて行った兄とハイジが既に帰ってきていた。兄は基本的に私の前では何もしない。おそらくつい先ほどまで何かしらの作業をしていたのだろうが、今までずっとお茶を嗜んでいましたと言わんばかりにしらばっくれている。
問いただしても、どうせ何も答えない。後でハイジに訊けばいい。
私は、ふと病院の中でした会話を思い出した。
「そういえば、検診にしばらく行ってないそうね。来栖さんが困っていたって、お母さんが嘆いていたわよ」
あー、と返した兄は、どうやら本当に忘れていたようだった。
検診は、珍しい精霊を持つ者が定期的に受けなければいけない検査だ。未だよく分かっていない精霊は、いつ何が起こるか分からない。特に力の強い精霊は、少し暴走しただけで他者を傷つけたり、宿主の体を壊してしまう。それを防ぐための研究と、危険思想を持たないように人間性をチェックするのに必要とされる検査だった。
「あまり無視すると、危険視されて隔離施設送りになるわよ」
そう言った後に、兄が隔離施設で監視された方が、私は見張らなくてよくなって楽になったのではないかということに気がついた。しまった、言わなければよかった。
「けんしん……?」
ハイジがきょとんとした顔で呟いた。ハイジの精霊は確かに珍しいが、検診の対象外だった。
「そうだわハイジ。研究所まで兄に付き添いなさい。今すぐ」
ハイジよりも兄の方が嫌そうな顔をした。まるで飲んでいたコーヒーに、嫌いなソーセージが沈んでいた時のような顔だった。
「今行かないとすぐ忘れるでしょう」
兄は渋々重い腰を上げて、玄関へ歩いて行った。ハイジも、落ち着きなくきょろきょろとした後、「いってきます」と言って兄の後ろへついて行った。
「あ、そうだ。お母さん元気だったわよ」
玄関のドアの取っ手に手をかけていた兄に向って言った。
「元気なら入院なんてしてない」
確かにその通りだなと思いながら、私は家を出る兄達を見送った。
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