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耳からイヤホンが抜け落ちて、途端に流れ込む外の雑音が酷く不快で。築き上げたプライベートな世界が崩れていくのを、嫌と言うほどに感じさせられた。視線が集まる数秒間を嫌と言うほどに感じて、尻もちをついたまま史上最悪の凶悪犯とゆっくり顔を見合わせる。
「──!」
怒鳴り散らそうとして喉元まで出かかった声が、その真っすぐすぎる視線に射竦められた。僕らを取り囲んだリアルが一瞬で背景へと変わり、その瞳の奥に妙な既視感を見出していることに気づく。誰? 何? 答える者も交わされる言葉もないままに、奇妙な邂逅の時は止まる。
目を逸らし、眼鏡を直す素振りで顔を隠す。見ていられない、見せていられない、どちらだろうか? 軽く掴まれたままの手を振り払って、僕は立つ。
日常を運ぶ列車が轟音を立ててホームに停まり、まだ立ち上がらない少女を尻目に僕はそれなりに混んだ車内から、値踏みするような視線を感じながら無表情に空いた席へと向かう。『ココ』でいい。硬い椅子の感触に危うくなった日常を取り戻した。
ドアの閉まるタイミングに、少しのためらいを感じたのは気の所為だと信じたい。運転手は優しい人間なんだろうか、とどうしようもなく下らない一抹の感情を、はめなおしたイヤホンから流れ込む耳障りなノイズで殺す。考える必要はどこにもないのだから。僕が考えなくてはいけないことは、他にもあるから。
どこに。
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