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《5》
「庄司ちゃんこれ」
「あ、ありがとうございます」
大橋さんが私に梅酒の入ったグラスを手渡す。
昨年末から取り組んでいた自動車部品メーカーのシステム移行プロジェクトの打ち上げは、部署の垣根を越えて行われていた。その内うちのチームからは私と大橋さんに時任くん、あと数人が参加していた。
他の部署と合同と言っても、結局見知った顔で固まってしまうのが飲み会の常だ。
「時任、お皿取って」
「はい」
「料理、足りなかったら勝手に追加していいぞ」
「あざっす」
金曜夜の居酒屋は同じような客でいっぱいで、誰かの声がまた別の声で次々と上書きされてゆく。
「すんません、遅くなりました」
そこに、椅子と椅子の間の細い隙間をすり抜けて、松田さんが顔を出した。
「やっと来たよ」
既にグラスを3杯は空けた課長は、ビールから移行して焼酎を飲んでいた。
仕事で遅れてきた松田さんは、そのまま空席だった私の隣の席に、座った。
ふわり、といつもの松田さんの香水の匂いが私の鼻を通過してゆく。私はまだ、松田さんにこの香水がどこのものなのか聞けていない。
狭い居酒屋の座席では、どちらかが少し動いただけで肩が触れ合いそうな距離だった。
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