第3通:Dear God in a Filed

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思えばこの1ヶ月間レッスンを受けている子達と会話らしいものは出来ていなかった。 週末土日の両方とも東京までレッスンを受けに来ていたが、土曜日は東京に泊まらずレッスンが終わり次第、新幹線で地元にそそくさと帰っていた。 一緒にレッスンを受けているメンバー全員の出身を把握していたわけではないが、レッスンが始まる前後に聞こえてくる会話ではほとんどの子が都内もしくは埼玉、神奈川、千葉など関東在住だった。 そして電車で帰る方向が一緒だとかオーディションの日が一緒だったとか、彼らなりのキッカケを持ちつるんでいた。 俺は彼らとコミュニケーションを拒んでいるわけではなかったが、ダンスレッスンについていく事に只々必死だった。 そのため、俺は周りと話す余裕がなく、数分の休憩時間も水分補給やトイレなど必要最低限の事しかしていなかった。 そして少ない休憩時間を敢えて俺に費やそうというモノ好きな奴もいなかった。 その時の合宿のお誘いの件を含め、事務所の懐の深さを改めて実感したのは俺が大学で経営学の講義を受けた初日だった。 「短期的な改善を望むなら帳簿を徹底的に見直せ。長期的な成功を目指すなら人材育成を根本から見直せ。」 教授の説明を俺なりに解釈し端的に自分の言葉としてノートに書き留めた時、俺は自分が所属している事務所がどれだけ時間とコストをかけ人を育ているか気づいた。 長期的な目線がなければその時の俺は只のこじらせナルシスト野郎でそんなチャンスに恵まれなかっただろう。 会社経営にとって人材育成は要だというのは周知の事実にも関わらず、そこまで手が回らなく成長に伸び悩み、淘汰されてしまう会社は多いと思う。 俺の事務所が常に芸能界でトップである秘訣は、常に本業であるタレントマネジメントのプロフェッショナルを目指しているからだ。 幹部やスタッフさんは所属するタレントを常に見ている。見る=監視するという事ではない。 俺たちの所作はレッスン中だけではなく休憩時間や移動時間も見守られ、常に伸びしろを検討されていたのだ。   その頃の俺の最大の弱みは自分の成長に集中し過ぎ、周りを気遣う余裕がない事だった。舞台は1人じゃなくみんなで作りあげるものだ。ちょっとした配慮不足は事故や怪我にも繋がる。
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