第1通:俺のファン1号、聖母マリアへ

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業界に入ってからの知恵だが、スカウトマンは顔よりも内部の骨格を重視するそうだ。 よくネットで育成失敗と揶揄されている子役は睡眠不足やストレスにより骨格の成長のバランスが悪くなり、成長すべき部分と成長が留まるべき部分に齟齬が生じてくる。 それが視聴者に違和感を与え、違和感が不安になり、不安が不快になり彼等へのオファーが減るのだ。 幼少期からの俺の顔の変化は少なくはない方だが、どの時期も「端正」ゾーンに収まっているというのが聖母マリアの判断だった。 最初に履歴書を送ってから1年が過ぎた。 しかし母親が試行錯誤し作成した3度目の履歴書送付の1ヶ月後、事務所から自宅に電話があった。 俺の中ではインターハイと同等、いやそれ以上の重みをもつオーディションの依頼がきた。   俺が学校に行っていた間に母親が連絡を受けていたらしい。母親も喜んでおり、その日の晩飯は俺の好きな炊き込みご飯だった。 家族4人の食卓で父親と兄が見守る中、母親は一言一言とても慎重に俺にオーディションの日時や場所などの詳細を話した。 いつも穏やかな母親の真剣な表情を見て体の中で出来上がったばかりの装置が動きだしたような気がした。 あまりにも急で驚いたがオーディションは今週末に東京で開催されるとの事だ。実家に電話案内がきたのはすでに木曜日の昼だった。しかも、俺は晩飯の時に知ったので俺に与えられた準備時間は46時間だった。 土日の選択肢を与えられていたが、月曜日は空手の朝稽古があったので、オーディションを受けるのは土曜日の夕方4時にする事にした。 俺は土曜の朝新幹線でオーディション会場に1人で向かう事になった。 当時は13歳と9ヶ月だったので母親が同行してもおかしくはないのだが、母親は1人で行く事を促してきた。 俺は不安だからついて来て欲しいとも言わなかったし思いもしなかった。 ここからは俺自身の戦いなのだ。
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