パン屋の朝

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

パン屋の朝

  「おはよ」 「おはよう!今日は寒いね!」 「……それ、何個め?」 「そんなの数えてないよ!みんなそれぞれ違う、特別だもん!」 「お、おぉ……ありがと。父ちゃんに言っとくわ」 先週来た転校生は、毎日おれんちのパンを全種類買って、店先で食べていく。 母ちゃんは上得意様だって喜んでるけど。 けど、いや、でも。 いくら小さいパン屋とはいえ、毎日全種類は異常じゃないか? 「これ食べたら行くね!」 「……ん」 笑顔を向けられて、なんとなく、待つ。 今からならゆっくり歩いても、学校にはだいぶ早く着いてしまう。 「お待たせ!行こ!」 嬉しそうに歩きだすその手には、次のパンがある。 「……それ、新作」 「だよね!柔らかさとか甘みとか、もう、すごさがすごい!」 「ふーん」 語彙力がアレでも、食べる量がコレでも、看板娘みたいになってて売上げが伸びはじめてても、おれは知らないふりをする。 ただの、店の息子とお客のふりをする。 転校生がパンを全部食べ終わるのは、学校の少し手前。 食べてばかりだから、話す事は無い。 校門に着く頃には、おれも離れている。変な噂をたてられたくないし。 でもそこまでが、いちばん楽しみな時間になってしまった。 凄く美味しそうに食べる横顔が、近くで見られる時間。 そのロールパンはおれが仕込みを手伝ってるんだとか、さっきのキッシュは今朝焼いてきたんだとか。 いつか言いたい。 思ってる間に、学校が見えてきた。 明日は、温かい飲み物でも渡そうかな。  
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!