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パン屋の朝
「おはよ」
「おはよう!今日は寒いね!」
「……それ、何個め?」
「そんなの数えてないよ!みんなそれぞれ違う、特別だもん!」
「お、おぉ……ありがと。父ちゃんに言っとくわ」
先週来た転校生は、毎日おれんちのパンを全種類買って、店先で食べていく。
母ちゃんは上得意様だって喜んでるけど。
けど、いや、でも。
いくら小さいパン屋とはいえ、毎日全種類は異常じゃないか?
「これ食べたら行くね!」
「……ん」
笑顔を向けられて、なんとなく、待つ。
今からならゆっくり歩いても、学校にはだいぶ早く着いてしまう。
「お待たせ!行こ!」
嬉しそうに歩きだすその手には、次のパンがある。
「……それ、新作」
「だよね!柔らかさとか甘みとか、もう、すごさがすごい!」
「ふーん」
語彙力がアレでも、食べる量がコレでも、看板娘みたいになってて売上げが伸びはじめてても、おれは知らないふりをする。
ただの、店の息子とお客のふりをする。
転校生がパンを全部食べ終わるのは、学校の少し手前。
食べてばかりだから、話す事は無い。
校門に着く頃には、おれも離れている。変な噂をたてられたくないし。
でもそこまでが、いちばん楽しみな時間になってしまった。
凄く美味しそうに食べる横顔が、近くで見られる時間。
そのロールパンはおれが仕込みを手伝ってるんだとか、さっきのキッシュは今朝焼いてきたんだとか。
いつか言いたい。
思ってる間に、学校が見えてきた。
明日は、温かい飲み物でも渡そうかな。
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