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(雪だるま)人形のだるまんはユキちゃんの話を聞くのが大好き。小さなユキちゃんが満面の笑顔で話してくれる学校での出来事を黙って聞くのがだるまんの日課の全て。楽しい話も悲しい話もユキちゃんとだるまんだけの秘密だった。
だるまんの願いはユキちゃんがずっと笑顔でいてくれることだけ。ユキちゃんが大きくなるにつれ話しかけてくれる機会が少なくなっても、だるまんはユキちゃんの机の上の定位置からずっと見守っていた。埃が粉雪のように積もった。
久しぶりにユキちゃんから話しかけてもらった時、だるまんは嬉しかった。そして驚いた。ユキちゃんはすっかり大人になっていたし、大きな涙が滝のような大雨になってだるまんに降りかかっていたから。大好きな彼と喧嘩してしまった。そう言って泣き疲れて寝てしまったユキちゃんを見ながらだるまんは悔しかった。大好きなユキちゃんが悲しんでいるのに文字通り手も足も出なかったから。
だるまんは必死に神さまにお祈りした。神さまはすぐに返事をくれた。
「(逆上り)しなさい」
変な事言う神さまだなとだるまんは思ったが、他に出来る事もない。
一回、二回、三回。くるくると回ってみたが変化はない。十回、二十回、三十回、少しずつ体が溶けてきたようだ。かまうもんか。ユキちゃんが笑顔になるなら。
百回、二百回、三百回。もう数も分からなくなってきた。もう、自分の名前も回っている理由も遠心力で吹き飛んだ。時折ユキちゃんの寝顔に光る涙の跡だけが目に入った。
ユキちゃんのために。それだけが、だるまんの全てだった。朝日を浴びるまでだるまんは回り続けた。
ユキが自室で目覚めると目の前には綺麗な水色の(指輪)が一対置いてあった。一回り小さい方の指輪を恐る恐る左の薬指にはめてみると、彼女の指にしっかり馴染んだ。彼女の為に作られた指輪に間違いはなかった。昨日のケンカの事も忘れ、指輪を握りしめ彼の元へ走った。笑顔が満ち、幸福で胸が溢れそうだった。ほんの少しだけチクチクと心に刺さる寂寥はあるが、今は春の日差しのような幸福感に満ちていた。
「良かったね。ずっと幸せでいてね」そんな声が聞こえた気がした。
何年も先、彼、いや旦那さまと手をつなぐユキちゃんの左の薬指には水色の指輪が、光っていた。
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