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「言っておくけど、君に脅されたとかそんなことは思ってないよ。でも発覚をどこかで恐れて、教師を続けていくことにもう疲れたんだ」
「発覚って…、だから私は誰にも喋らないって言ってるじゃないですか」
「うん、篠宮は嘘をつかないと思っている。きっと一生、秘密にしてくれるんだと思う。指定校推薦のことが引き換えとかではなくね。さっきも言ったけど、君は俺が担任じゃなくても指定校推薦を貰ったと思うよ。だから篠宮からバレるとかは思っていない」
「だったら」
篠宮が言おうとした何かを坂本は首を横に振ることで制した。
「もう退職願は出したし、受理もされた。三月末で俺は退職する」
「そんな!」
篠宮は立ち上がり、大きな声を挙げた。机と椅子が動き、床と擦れた大きな音が響いた。
「これは俺の我儘だと思うよ。いつか発覚して、篠宮や五組の生徒、それに俺が今まで送り出してきた生徒に失望されるのが怖い。『あいつに何教わってきたんだろ?あんな奴でよかったのか?』とかね。彼らの記憶の中だけでは自分は正しい教師でありたい」
篠宮の瞳に自分はどう映っているのだろう、坂本はそんなことを考えた。綺麗事を述べているが結局、自分は狡賢く、自分の過去を保身したいだけなのだ。彼女が自分を失望してもやむおえない。
「篠宮、君には感謝している。俺は人生をやり直すことにするよ」
「やり直すって…。どういうことですか?」
「そうだな…」
坂本は篠宮の顔を見た。動揺している彼女の顔を見るのは初めてかもしれない。
「通信制の大学を受験して、ちゃんと教師免許を取るよ」
「は?」
篠宮は目を丸くして、口をポカンと開けた。
「教師免許を持ってないままだから苦しい日々だったんだ。過去は消せないけどね。今度はちゃんと免許を取って、もう一度教壇に立つよ」
「そ、そんなのできるんですか…」
「この県でやってくのは厳しいかもしれないから、どこか他県でも行くかな」
坂本の言葉に、篠宮は力なく笑った。「やっぱ先生ってすごい人なのかもしれない」と独り言のように呟いた。
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