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 夏の日、ある出来事で坂本は『教師免許を持っていない』ことが篠宮に知られてしまった。  これまで教師になってから誰にも知られていないことだった。それを遂に知られてしまったのだ。 それから坂本は篠宮がいつ校長や教育委員会、マスコミに告げるだろうか、発覚したら送り出してきた生徒はどう思うのだろうかと怯えて生きてきた。  「ちゃんと教師免許を取っていれば」と妄想の中だけでは自分はいい教師でありえた。生徒に嫌われている佐藤先生だって立派に免許を持っている。そういう意味では自分が敵う相手ではない。 「篠宮たちの前で本当の教師でなかったことは本当に申し訳ない。許してもらえることではないかもしれない。だけど、これからはちゃんと免許を取って、今度こそ教師免許を持った『先生』として、『先生』と呼ばれてもいい存在になるよ」 「先生…」 「だから、『先生』じゃないよ。俺は」  何度目かわからない苦笑いを浮かべた。 「それでも、先生は私の先生です。私は坂本先生の教え子です。胸を張って言えます」  篠宮は卒業式の後よりも格別の笑顔を浮かべた。 それはこの一年の担任生活の中でも見たことにない優しさに満ちた笑顔だった。 「ありがとう。本当にうれしいよ」  坂本は目に涙がこみあげてくることを感じた。 最後のホームルームでは堪えられた涙が目から溢れた。 「先生、ひとつだけ提案があるんですけど」  右手の細い人差し指を立てて篠宮は言った。「提案?」と涙を拭って坂本が言うと篠宮は笑った。冷たくも暖かくもなく、唇の左端を上げて悪戯っぽい笑みを浮かべて。 「この県にいるのが気まずいなら、先生も東京に来てください」 「え?」 「それで教師免許取ったって証明を私にちゃんと見せてください。私が証人になってあげますから」 「証人なんてなくても免許は取れるよ」 「違います」 「え?」 「私がちゃんとした教師になれたねって認めてあげる第一号になってあげます」  ここは、笑うべきなのか…?と坂本は悩んだ。    その時、ふいにチャイムが鳴った。本来なら五時限目が終わる時間だったのだ。チャイムの設定を止めていなかったのか、卒業式後は解除されていたのか坂本にはわからない。
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