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狭い部屋、冷たい風、威圧的な警察官、そして兄の思い。全てに潰されそうな重圧感も麻酔にかかったように頭に入ってこない。
事情聴取の時ですら怪盗ルナールが僕の兄であることがバレないか、それしか頭になかった。警察に暴露してしまえば身元が完全に特定され、彼は逮捕されるだろう。それで世界は平和になる。
でも、僕は無意識の内にその道を拒んだ。嘘は言っていない程度の発言しかせず、あの屋敷の管理会社の社長と恋人であったため不法侵入の件も結局うやむやにしてもらえた。もちろん彼女との関係は恋人の定義にもよるが。
兄との喧嘩の話は一切せずただ髪飾りを守った、それだけだと説明した。兄の言葉を受け止められるのは、世界中でも僕だけだろうから。
『誰のせいで全てを背負うはめになったんだか』
鬱陶しい言葉が何度も何度もループして、僕の体にこびりつく。
今、僕は所長室で座り心地の良いソファに体を預け部屋主の帰りを待っている。この空間には僕とメイさんしかいない。
ガチャリ。扉が重苦しい音を立てて開いていく。所長の手にはわが社の転職用のパンフレットが握られていた。僕が頼んだ、愚かな兄に対する愚かな善意。
今日、僕は兄と直接話をする。兄の件について僕は怒りも哀れみも感じていない。
ただ、嫌うには兄はあまりにもボロボロすぎる。僕がこの二週間で感じたようなこころの隙間。埋まるピースを生まれた時からもらえず一生解けないパズルを解かされるような苦痛。その状態で生きる彼は果たして生きていると言えるのだろうか。
パンフレットを鞄に入れて立ち上がる。兄の家は焦燥とは程遠い田舎地帯だ。一刻も早く向かわなければ。心配そうな所長に微笑みかけ、扉を開けた。冷えた空気が顔をつんざく。
この行動を後悔する日はくるのだろうか。いや、どう転んでも胸をはれる結末にしてやるさ。待ってろよ、怪盗ルナール。
キュウビの名に懸けて、全ての仮面を剥いでやる。
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