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翌三月九日未明・織田が陣を敷く雑賀川の河原……。
「ハッハッハッ! よろこべ、クシナダの姫よ。ようやくそなたの力を存分に発揮する時がまいったぞ!」
時折、馬の嘶きが何処からか聞こえてくる朝の静かな戦場で、絶縁の呪士・間見甲次郎は珠を前にして高らかに狂喜の笑い声を上げていた。
「よろこべですって? 誰がこのような状況で喜べるものですか! それに、わたくしは絶ぇっ対! クシナダの姫の力を使ったりなどしませんからね!」
いつもの丁寧だが気の強い口調でそう息巻く珠は、榊と注連縄によって作られた四角い結界の中、その中心にそびえる丸い白木の柱に立ったまま後ろ手に縛られている。
猿轡こそ今日は外されているものの、完全に囚われの身であることに変わりはない。
ただ、そんな状況とは裏腹に、珠の華奢な身体は千早も羽織った正式な巫女装束で彩られ、その顔にも口に紅を引き、額には〝花〟を表す文様を描く化粧が施されるなど、そうでなくても顔立ちのよい彼女は普段以上に美しい容姿を誇っていた。
無論、それは彼女自身がしたことではなく、彼女の役目を果たさせるため、間見が無理矢理そうさせた演出である。
演出といえば、珠の縛られた白木の柱やそれを囲む榊と注連縄の結界もまた、彼女に降ろす神を迎えるための装置なのであるが、そうした一連の装置――神籬の後方には祭壇が設けられ、そこには須佐之男命の分霊を宿した御札が祀られている。
「さて、それはどうかな? そなたにその気がなくとも、そなたの中におる〝クシナダの姫〟の本性は、早く愛しき夫〝スサノオ〟を呼び寄せたくてうずうずしておるはずだ。なあに安心せい。いくら抵抗してみたところで、それがしがこいつでちゃんと神憑りにしてやる」
間見はイヤらしい笑みを薄い顔に張り付けて言うと、手に持った石のような物を珠に見せつけ、自分の右斜め前方に控える者の方へと視線を向けた。
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