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間見の手にしている石――それは「石笛」と呼ばれる一種の笛で、「帰神」という神を降ろすための神道行法などで神主(神が宿る人間のこと)を神憑りにする際に使われる道具である。
また、間見の右斜め前方――珠の右側に控える白い狩衣に烏帽子を着けた神官風の男の前には琴が置かれており、彼もまた、琴を爪弾いては神主を神憑りへと導く「琴師」と呼ばれる存在なのだ。
「さしづめそれがしは、神主に神意を聞き出す審神者といったところか……普段はこのような方式は使わんのだがな。巫女であるそなたに合わせて古の神道風にやってしんぜよう」
「………………」
石笛と琴……その二つの装置が何を意味するのかは、玉依の民の巫女である珠自身が一番よく心得ている。
彼女は何も言い返すことなく、ただ黙って憎しみと悲しみを込めた瞳で間見のことを睨みつけた。
「さて、これ以上、夫神と妻神の逢引を待たせるのは無粋というもの……早速、帰神の儀を始めるとしよう。よし、まいるぞ」
間見はそう合図を琴師に送ると、自身も石笛を口に当てて早々に儀式を開始した。
ブォオオオォ…。
腹の底に響く不気味な石笛の音が、周囲の空間を神聖さの中に包み込む……。
ボロン…。
心の奥に潜む〝何か〟に働きかける琴の旋律が、珠の鼓膜を震わせる……。
「……だ…だめですわ………」
珠は目を瞑り、自分の中のもう一人の自分が目覚めるのを必死で堪えていた。
もしもクシナダの姫が目を覚してしまったら、もう彼女自身でも止めることはできないのだ。
ブォオオオォ…。
ボロン…。
しかし、無慈悲にも石笛と琴の音は容赦なく珠の魂を揺さぶり続ける。
「……わ…わた…くし……は……」
珠はなおも必死で抵抗し続ける……そして、次第に遠退いてゆく意識の中、なぜ自分がクシナダの姫であらねばならぬのか? その運命について密かに思いを巡らせた。
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