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「――しまった! 先を越されたか……」
珠が呼び寄せた〝スサノオ〟により、暗灰色に変わった空より雨が降り出したその時分、雷童丸は織田の陣近くの草叢に隠れ、彼らの様子を密かに覗っていた。
けして織田には気取られないよう、身の丈ほども伸びた草叢の中で、さらにそれ自体気配を消す効果のある、いつもの黒合羽の頭巾を兜の上から目深に被った用心深さである。
……ビュウゥゥゥゥ……ゴロゴロゴロ…。
見上げると、間断なく雨粒を降らす真っ黒な空からは、強風の吹き荒ぶ音に混じって、時折、雷鳴までが聞こえてきている。
ブォォォ~…! ブォォォ~…!
「攻撃の合図だあ! 全員、川岸に集まれーい!」
そんな曇天の下、戦闘開始を告げる法螺貝の音が鳴り響くと、各隊の大将の号令とともに兵達はガチャガチャと鎧の擦れ合う騒音を立てながら移動を始める。
「くそっ! もう少し時間があるかと思ったんだけどな……作戦『甲』はこれでなくなったな」
雑賀川畔へと向かう織田の兵達を眺めながら、雷童丸は悔しそうに呟く。
「……だが、これでお珠ちゃんの居場所を探す手間は省けた」
そう呟く雷童丸の瞳には、遠く向こうの雨空に黒雲が渦を描いて集る光景が映し出されている。
その急速に成長する雨雲の中心……その真下に、おそらく珠がいるはずである。
「あの位置からすると川岸だな……こうなったらもう、日女神子さんからもらった鏡を信じるしかないか。よし。三日鎚、作戦『乙』開始だ!」
空模様を見やり、珠の居場所に見当をつけた雷童丸は傍らに坐す相棒に合図を送る。
「グルルッ!」
その合図に三日鎚は威勢よく一声鳴いて、草叢の外へと跳び出して行く。
「では、おいらも……オン・マリシエイ・ソワカ」
そんな三日鎚を見送ると、雷童丸も陽炎を神格化した仏尊・摩利支天の真言を口に唱え、隠行法で気配を消して織田軍の方へと歩き出した――。
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