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「では、早速に福地めの息の根を止めに総攻めと参りまするか? ワハ…ワハハハハ!」
鍬形を取り囲む、いずれも性悪そうな面相をしたその他四人の家臣達もまた、夜の山中に下品な笑い声を耳触りにも振り撒く。
鍬形軍の者達は皆、自分達の明るい未来を疑うことなく、敵の城を落とす前から勝利の美酒に酔いしれていた。
…………しかし。
「あのう……せっかく盛り上がってるとこ悪いんだけど、ちょっと失礼しますよお」
突然、まるで聞き憶えのない声が鍬形達の耳に聞こえてきたのだった。
「…!?」
その声に、鍬形と彼の家臣達は皆、そのバカ笑いをやめて不意に沈黙する。
すると、彼らの眼前に広がる漆黒の闇の中から、まるでその暗闇が凝り固まって人型を為したかのように、真っ黒な頭巾付の合羽を羽織った奇怪な人物が一人現れた。
合羽のためによくはわからぬが、身の丈はそれほど高くなく、まるで少年か女子(おなご)のような体格をした人物である。
「……な、何奴じゃ!?」
予期せぬ異形の珍客に、鍬形は唖然とした表情でその人物に問いかけた。
「鳴神の呪士、兵主雷童丸……」
鍬形の問いに、目深に被った頭巾も取らぬまま、黒衣の人物はよく通る声で一言、そう名を名乗る。
「じゅ、呪士……じゃと?」
呪士――その言葉を聞いた瞬間、鍬形は脂ぎった顔面を硬直させた。それは、彼の家臣達にしても同じである。
「な、なぜ、その呪士殿がこんな所に……も、もしや、我らにお力添えくだされるので?」
どういうわけか、すっかり血の気の失せた顔になってしまった鍬形は、それでもなんとか気を取り直し、〝呪士〟を名乗るその人物に希望的観測を込めて尋ねる。
「ハハハ…まっさかあ。わかってるくせに。呪士があんた達の味方するわけないじゃん。その逆だよ、逆。おいらは福地の殿様に依頼を受けてここに来たんだよ」
だが、その呪士――兵主雷童丸は、鍬形の淡い希望を完全に裏切り、無邪気な声で彼にそう返した。
「……そう。おいらはあんた達に報いを与えに来たのさ」
「………………」
鍬形達の身の内を流れるどす黒い血は、今の言葉で完全に凍りついた。
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