それは少しだけ特別な

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 どこから聞いてきたかしれない。「ねえ正樹ちゃん。明日って、何かの日なの?」と、バレンタイン前日に聞いてきた。私は、特に考えもせず「女のひとが男のひとにチョコを渡す日だよ」と答えたのを、なんとなく記憶している。正確ではないかもしれないが、少なくとも我が国では間違いでもなかろう。残念ながら、西方の殉職者様の御威光は、道端の観音様ほどの威力で降り注いでいない。祖母は、分かったのだか分からないのだか曖昧なふうに頷いて、その会話は終わった。  そしてバレンタイン当日、祖母からプレゼントを頂いた。中身は、チョコかと思ったら……。お菓子の詰め合わせだった。いや、「ありあわせ」と言ったほうが正しいかもしれない。ビニール袋のまま渡されて、中には、駄菓子や、どこぞの見たことのないメーカーのお菓子や、更には酢昆布まで入っていた。しかし十円チョコも入っていたから、日本のお菓子メーカーのご意向には沿っているかもしれない。  祖母が、にこにこ顔でそれを渡してくれるものだから、私もやけに嬉しくなってしまった。大げさに喜んで、ありがとうと何度も言った。家族みんなが笑っていた。  ホワイトデーには祖母へクッキーを渡した。小さな乳母車型の入れ物に、数個のクッキーを乗せたものだ。祖母は目を丸くしていた。「バレンタインのお返しだよ」と説明すると、祖母は大げさに喜んだ。その乳母車型の入れ物を、珍しいといつまでも棚に飾っていた。妙に気恥ずかしかった。なんとなく、幸せだった。  バレンタインが好きになった。  祖母が亡くなるのは、そう遠くない未来だった。     
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