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「ぼ、ぼくと……結婚して下さいっ」
差し出された指輪の箱と、店内に響き渡る程の大きな声に、周りの方々も随分と驚いた様子です。しかし私は、周りの事を気にする余裕もなく、ただ静かに頷いて、貴方が箱から指輪を取り出し、この薬指に嵌めてくれる瞬間を待ちました。
貴方は震える指先で指輪を掴んで、そうして指輪は貴方の指をすり抜け、テーブルの上にあったショートケーキへと転がり落ちてしまいましたが、おしぼりで必死にクリームを拭う貴方を、私は微笑ましく思ったものです。
「ほんと、ごめん……ゆ、ゆ、指輪、とか嵌めてあげるの、初めてで」
ええ、大丈夫です。私は何も気にしていません。ですから、どうか、その膝の上に抱えたままの鞄を締めて下さい。そうして何事も無かったかのように、「初めてで、ごめん」と頭を下げて、私を安心させて下さい。今の私はどうしても、薬指に添えられた美しい宝石よりも、貴方の鞄から顔を出している、緑色に印字された書類が気になってしかたがないのです。
「ご、ごめん……初めてだから、緊張、しちゃって……」
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