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豪雨の関係
「雨が止むまで少し待て」
「でも、あの、やっぱり」
健人の顔がすぐ目の前にあった。
初めて屋敷の廊下で会ったときの笑顔は、バラの花のように繊細だった。
あの顔?
屋敷の部屋で豹変した冷たい表情。
あの顔?
壇上で社員に熱く語った自信に満ちた表情。
あの顔?
どれとも違っている。
初めて見る健人の顔がここにあった。
悲しげで切なそうで困ったような顔。
子供の頃、大好きだった友達が遠くへ引っ越す時に見せた最後のお別れの表情によく似ていた。
「あの」
雷も雨も止むどころかどんどん激しくなってきている。
「残りは、家でまとめて明日提出するという事でいいでしょうか?」
香織は、雷より気を取られそうになっていた健人の表情から逃れるようにして立ち上がった。
「ああ」
健人の腕が緩んで香織の腕から徐々に離れ、最後に健人の人差し指が香織の腕からそっと離れた。
書類をまとめる香織の指先が震えた。
ーーー何を緊張してるんだろ、私。
健人の視線が香織の指先だけに注がれている。
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