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翔は、その後一切香織を見ず、何も言わずに中へ入って行った。
ーーー怒らせたの?
谷川が落ちたタオルを拾い上げて
「さ、悪いようには致しません。中へ入りましょう。坊ちゃまは、不器用ですが大変お優しい方なんです。きっと、雨に濡れた貴方を放って置けなかったんでしょう」
そう言って中へ入るように香織を促す。
「犬……みたいにでしょう?」
谷川は、少しだけ目を大きく開いた。
「お聞きになりましたか。坊ちゃまの犬、キャリーの話を」
「はい」
「坊っちゃまがまだ幼いころでございます。
拾ってきたキャリーを元の場所に戻して来いと旦那様にそれはそれは……ひどく叱られて……坊ちゃまは、それはそれはお気の毒になるほどにたくさん泣かれました。戻してくる事なんか出来ないとあまりにおっしゃったので、旦那様には内緒で私の知り合いの者にキャリーを預ける事にしたんですよ。ただ……」
谷川は、言葉を詰まらせた。
「キャリーは、どれだけ雨に濡れていたのか
わからないのですが、次の日に肺炎で死んでしまったのです」
「え? 次の日に?」
「はい。その時の事を坊ちゃまは大変悔やんでらして。もっと、早く見つけてあげられればって」
谷川は、その当時を思い出したのか声を震わせていた。
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