濡れネズミ

16/17
1207人が本棚に入れています
本棚に追加
/188ページ
  翔は、その後一切香織を見ず、何も言わずに中へ入って行った。 ーーー怒らせたの? 谷川が落ちたタオルを拾い上げて 「さ、悪いようには致しません。中へ入りましょう。坊ちゃまは、不器用ですが大変お優しい方なんです。きっと、雨に濡れた貴方を放って置けなかったんでしょう」 そう言って中へ入るように香織を促す。 「犬……みたいにでしょう?」 谷川は、少しだけ目を大きく開いた。 「お聞きになりましたか。坊ちゃまの犬、キャリーの話を」 「はい」 「坊っちゃまがまだ幼いころでございます。 拾ってきたキャリーを元の場所に戻して来いと旦那様にそれはそれは……ひどく叱られて……坊ちゃまは、それはそれはお気の毒になるほどにたくさん泣かれました。戻してくる事なんか出来ないとあまりにおっしゃったので、旦那様には内緒で私の知り合いの者にキャリーを預ける事にしたんですよ。ただ……」 谷川は、言葉を詰まらせた。 「キャリーは、どれだけ雨に濡れていたのか わからないのですが、次の日に肺炎で死んでしまったのです」 「え? 次の日に?」 「はい。その時の事を坊ちゃまは大変悔やんでらして。もっと、早く見つけてあげられればって」 谷川は、その当時を思い出したのか声を震わせていた。
/188ページ

最初のコメントを投稿しよう!