一章

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 痛みについて考えたとき、必ず思い出す情景がある。それは、夕方の報道番組を見る幼い頃の自分だった。  キャスターが真剣な表情で読み上げるのは、某所で起きたらしい殺傷事件の概要。そう珍しくない名前の被害者が、搬送先の病院で亡くなった。数日の逃走の末に身柄を拘束されたという犯人の供述は理解しがたく、情状酌量の余地はなかった。  でも、それだけだ。ほんの数秒程度、原稿を読み上げただけで次のニュースへと移行する。それもまた人が死んだ事故だったが、死傷者の名前のあとで原因を調査中と述べただけで終わった。  ひと通りの最新ニュースが流れた末にピックアップと称して挙げられたのは、かつて企業の代表取締役であった人物が書類送検された、というもの。それは故人を悼むことよりも優先されることなのか、と子どもながらに僕は思ったものだった。  死んでしまったらその人の人生はそこで終わりだ。でも所詮、それは他人事でしかない。僕の知らないところで失われた命に、今更僕が何を思おうと意味なんてない。
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