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菫の笑顔はさておき、彼の進化は恐るべきものだった。つい数十分前まで全くの初心者だったというのに、試合が始まった今では、俺以上に動いている。誰かが打ち損ねたシャトルを見事に拾い、いかにも打ち返しづらいであろう場所に打ち返すのだ。
これには先生も目を丸くした。相手チームの庵も、あちこち振り回されて珍しく少し息が上がっている。
これだけでも目立つのに、さらに菫の服は袖がなびき、美しい柄のついた着物。それで激しく動くのだから、まるで舞を舞っているかのようだ。その上綺麗な顔立ち、流れる金髪と来た。敵味方関わらず周囲が集中できるはずがない。
相手チームは男女問わず、美しいその姿に気を引かれて凡ミスばかりだ。中でも、見事な跳躍から繰り出される強烈な一撃。その時宙を華麗に舞う姿。そして綺麗な着地。
相手チームは、もはや繰り出される強烈な一撃を止めようとせず、その一連の動作に見入っている。
そしていつの間にか、菫が跳び、全員がそれを見上げ、得点が入ってホイッスルが鳴るという流れが出来上がっている。
そのまま俺達のチームは圧勝を続け、全てのチームに圧勝した。
やがて授業は終わり、全員がまた落ち着き切らないなか女子は更衣室、俺達男子勢は教室へ向かった。俺の横を歩くのは庵と菫だが、二人の様子は見事なほどに違う。庵は菫に振り回され、死にそうなほどに息が上がっている。一方の菫はすっきりとした顔だ。俺の左右に分かれた二人の顔の違いがなかなか面白い。
そして訪れた昼休み。俺と香花と庵は菫に注目していた。先程の体育での疲れが出たのか、昼飯が済むとそのまま眠りについているのだ。
窓から差し込む白昼の太陽が菫を照らし、その神秘性をより際立たせている。その様子を見ていた香花が呟いた。
「菫ちゃん、ほんとに不思議だよね。もう何もかもが」
「まったくだ。……言うなれば、『槐の血を受け継ぎし金色の皇子』と言ったところだな」
香花の呟きにそう答えたのは庵だ。彼は、たまにおかしな言葉を並べる。
しかし、庵の発言が過言だとは俺は思わない。頭の切れ、覚えの速さ、そしてその神々しいともいえる姿。これだけ見れば、目の前にいる着物の美少年は、太古の昔若くして国を治めた皇子のようだ。
そして、彼が見せる笑顔は無垢なる天使の如く、美しいものだった。
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