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いつものように書斎で読書をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「父さん、入っていい?」
息子の声だ。
「春雄か。いいぞ」
ドアの向こうから春雄が現れた。今年十五歳を迎えたひとり息子の表情は暗い。
「父さん。話があるんだ」
「どうした?」
「まずはこれを見てほしい」
渡された書類に視線を落とす。私は目を見開いた。
そこには、『毛髪DNA鑑定の結果』と記載されていた。しかも、毛髪採取者の欄に印字されているのは私の名前だった。
科学が発達する中、最近になって毛髪によるDNA鑑定が手軽な金額で可能になった。特別な手続きは一切必要なく、一本の髪さえあれば鑑定できることを、私もニュースで目にしていた。まさか春雄に私の髪を鑑定依頼されているとは思わなかった。
--こんなにもはやく発覚するなんて。
私は動けなかった。心臓の鼓動が激しくなる。
「春雄……」
「悪いけど調べさせてもらったよ」
「いつのまに」
「父さんが運転している時に後ろから髪を一本抜いたんだ。父さんまったく気づいていなかったね」
私は自分の頭にそっと手をやると、自慢の髪をやさしく撫でた。息子はつづけた。
「予想通りだったよ。父さんと僕のDNAは全く違った。これがどういう意味かわかるだろ?」
そう言って春雄は悪戯っぽく笑った。
熱のこもった頭皮から、脂分の多い汗が額に滲む。いつかは息子に秘密を知られてしまうだろうと思っていた。だが、その時が来るとやはり動揺してしまう。
幼い頃から、春雄は父さん子だった。素直で可愛い息子。いつまでも自慢の父さんでありたかった。
「すまない」
「おかしいとは思ってたんだ。お風呂は絶対いっしょに入ってくれないし、この間の地域のソフトバレー大会だって見てるだけだった」
「春雄。父さんも好きで隠していたわけじゃない」
「わかってるよ」
「がっかりさせたくなかった」
「父さんは父さんだよ。責めるつもりはないんだ。ただ嘘はついてほしくない」
春雄のまっすぐな視線に目をそらせなかった。
「そうか。そうだな。嘘は良くない」
「じゃあ、認めるんだね?」
「あぁ」
わずかな間のあと、春雄は口もとに緩やかな弧を描いた。
「カツラなんだろ?」
その問いかけに、私は目を伏せるとしずかに頷いた。
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