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あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。
高校生になってはじめて迎えた夏休みを終え、秋の匂いがしてきた10月の記録会だ。
関東大会や全国大会につながる記録会ではなく、私自身も自分の状態チェックくらいにしか考えていなかった。
それでも、走ることで誰かに負けることは私のプライドが許さず、入念にアップをしてスタートの号砲を待った。
スタートラインに立ち、周りの出場者をざっと見渡す。
私の持ちタイムに迫るのは翼だけだった。
きょろきょろと周りを見渡す私と違い、翼は真っすぐ前だけを向いていた。
翼はそういう子だった。
一度集中すると周りが見えなくなって、どんな勝負にも手を抜かない。
翼も私に負けず劣らず、負けず嫌いだった。
なんとなく、嫌な予感がした。
私はどんな勝負でもあの顔の翼に、勝ったことがなかった。
号砲が鳴るのが楽しみで仕方なかったのに――鳴らないで。
そう思った。
今鳴ったら、負ける。
私が私の走りが、翼に、負ける。
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