あの日の向こう

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「翼ちゃんと何かあったでしょ」 小林さんは、私の髪を丁寧に切りながら言う。 「いえ別に」 「私に嘘をついても無駄だっ!」 突き放す態度の私に、小林さんは笑顔で言う。 ハサミを髪にあてて「嘘をつくと坊主にするぞー!」とケラケラ笑う。 小林さんには中学生のときから髪を切ってもらっているから、3年以上の付き合いになる。 私と翼が、親には相談しにくいことを相談するのは、いつも小林さんだった。 「何があった? 言ってごらん?」 「昨日、翼に抜かされたんです」 私が昨日の記録会について話すと、小林さんは少しだけ眉毛を下げた。 「……私、嫌な奴なんですよ。翼におめでとうって言えないんです。翼と同じなのは嫌なんです。……私は走ることが好きで、大好きで、それで翼に負けるなんて嫌なんです。高校から陸上を始めた翼に負けるなんて」 話しているうちに涙が出てきてしまう。 嫌だな、こんな姿誰にも見られたくない。 どんどん翼の容姿から離れていく、自分の姿を見ながら私は泣いた。 「杏奈ちゃんはさ、翼ちゃんが嫌い?」 小林さんは、私の髪を手ぐしで整えながら聞いた。 「まさか」 「じゃあ話は簡単じゃない?」 「簡単って……」 「翼ちゃんを認めてあげればいいだけだよ」 「翼を認める?」 「杏奈ちゃんの最強のライバルだってさ! ほらできた!」 小林さんが鏡を取り出し、新しい私を見せる。 肩にもかからなほど短くしたのは、はじめてだった。 「あれ、意外と似合うんだね」 「……意外とって失礼ですよ」 「翼ちゃんにもよろしく伝えてね。……きっと翼ちゃんは長い髪のほうが似合うけど」 「そうなの?」 「そうだよ、杏奈ちゃんと翼ちゃんは全然違うんだから」 「そっか……」 私と翼は違う。 そんな当たり前のことさえ、わからなくなっていたんだな。
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