あの日の向こう

19/21
前へ
/51ページ
次へ
翼の隣に座り、背中を優しくなでる。 「……翼。私さ、翼が陸上を選んだとき嬉しかったんだ。……翼と走るのって本当に、誰と走るより気持ちいいんだよ」 考えるより先に言葉が出ていた。 そうか――。 私は翼と走るのが好きだったんだ。 「……でもね、それは私が前にいたからだったみたい。私は翼の前を走ってることに……満足してたんだ」 翼は体育座りの膝の上にまた顔をうずめる。 泣き顔を見られたくないんだろう。 「だからさ、翼に抜かされたとき思ったんだよ。陸上を……走ることを翼に取られちゃったら……。私の、私らしさはどうなっちゃうんだろうって。私、それがすごく怖かった。私の誇りが翼に簡単に取られちゃいそうで」 翼は鼻をすすりながら、 「……杏奈の走りは真似できないよ」 ポツリと言った。 「翼、走らない?」 「え?」 「坂の上まで! 競争っ!」 私が笑うと、翼は泣き顔でこっちを向いた。 「私、走るのが好き。翼よりも絶対。だから負けたくないんだ、翼には」 「……私も走るのが好き。杏奈みたいに走れたらってずっと思ってる。……私はきっと、杏奈より走るのが好きだよ」 「絶対、負けないから」 翼の肩を軽くたたく。 さぁ、走ろう?
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加