あの日の向こう

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翼と一緒に坂の下まで行き、静かに呼吸を整える。 緩い登り坂を登りきれば、私たちの家が待っている。 「翼、行くよ」 私たちはかまえる。 きっと似通ったフォームなんだろう。 軽く拳を握って翼は右足を前に、私は左足を前に。 「よーい」 ふと、藤ヶ峰の凛とした空気が震えた気がした。 バンっ!! どこかで号砲がなった。 空耳かもしれない。きっとそうに違いない。 でも、私たちにはたしかに聞こえた。 私と翼は同時に走り出す。 体が勝手に覚えていたスタートのタイミングだ。 翼はグングンスピードを上げて、私を少しリードする。 私の前に、翼のポニーテールが踊っていた。 翼に離されないように、かつ自分の走りを乱されないように、自分の力で坂を登っていく。 ――気持ちいい。 すごく、楽しい。 家がだんだん大きくなってくる。 体に力を入れると、嘘のように足が前へ動き出す。 だんだんと視界が狭くなり、周りの音が消えていく。 そうだ、これだ、この感覚だ。 だんだんと五感が溶けていく。本当に気持ちいい! 翼の足音はもう聞こえない。 私たちの家が見える。 違う。 私のゴールはここじゃない! 「杏奈っ! 走って!」 後ろからかすかに翼の声が聞こえた。
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