あの日の向こう

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藤ヶ峰の10月には、凛とした空気が澄み渡っている。 優しい冷たさで、触れるだけで背筋がグッと伸びる感じ。 その空気を深くゆっくりと吸い込みながら、入念にストレッチをする。 いい準備をしなければ、いい走りは絶対にできない。 毎日必死で走っていたら、体で覚えてしまった。 屈伸、伸脚、アキレス腱伸ばし。 冬が近づけば近づくほど、怪我のしやすいシーズンになる。 走れない、なんて想像もしたくなかった。 体を動かす度に、買ったばかりの薄ピンクのウィンドブレーカーがカサカサと音をたてる。 その音の心地よさも手伝って、体の動きの確認にも熱が入る。 ふいに吹いた風には、すでに冬の匂いが混じっていた。 さぁ走ろう。 両手でふくらはぎと太ももをたたき、ゆっくりと走り出す。
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