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また、ダメか。
あの日以来 、走り方がわからない。
足がついてこないんじゃなくて、私の体に心がついてこない。
もっと速く、誰よりも速く。
誰もいないゴールを一番に走り抜ける、あの快感を求めて。
私の走る動機はいつだって、自分が解放される瞬間を欲してのことだった。
でも、どうして?
その向こうに何があるの?
私の心を縛る鎖のような重たく冷たい感情が、私の体に、足に、巻き付いて離れない。
ゆっくりとウォームダウンをかねて、ジョギングをしながら家に戻ると、家の前で翼が立っていた。
「杏奈、今日はもう終わり?」
私とほとんど同じ顔、同じ身長。
おへそまである長い髪をポニーテールにしている。
濃紺のウィンドブレーカーが、夜に溶けているように見えた。
「何も言わずに走りに行くからびっくりしたよ。誘ってくれてもいいじゃん」
「ごめんね、なんか調子が出ないからさ。1人で走りたくて」
「……そう。杏奈、ムリしないでね」
耳のあたりがカッと熱くなる。
頭に血がのぼるってきっと、こういう感覚なんだろう。
「……ありがと。翼、走りに行くの?」
「うん。杏奈に負けてられないしね」
「コンクリの上ではジョギング程度にしときなね。本当に練習したかったら、ちょっと面倒だけど、中央公園の芝の上で」
「わかってるって」
「……ならいいけど。じゃあ、いってらっしゃい」
私は翼を見送ることなく、家のドアを開けた。
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