<最終話>

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 時間はけして、後戻りすることはない。  どれほど後悔しても、やり直したい歴史があっても、なかったことにしたい失敗でも。今の人類に、時間を遡る手段は、ない。それはそれで幸せなことではあるのかもしれないけれど。 ――わかってるさ、そんなことは。  職員室で、生徒達の答案の丸付けをしながら――門倉明男は思う。  自分が担任を受け持つクラスの生徒、松尾美紅が死んでから――一ヶ月。その友人であった秋田千穂が半狂乱になって教室を飛び出し、階段から落下する事故が起きてから二週間。その秋田千穂が入院した直後、彼女の病室の鍵が壊れて彼女と坂ノ上小鳥が閉じ込められたのも同じ日のことだった。トラブルがあった三人は、クラスでも有名な仲良しトリオであったことから、周囲は暫くおかしな噂で持ちきりになってしまっていたようだった。  いわく。彼女らが放課後にやっていた儀式で、おかしなものを呼び出してしまって取り憑かれた――とか。  最初の松尾美紅が死んだ事故は本当に事故だったけれど、友人二人を逆恨みした彼女が化けて出て二人を呪ったらしい――とか。  実は付き合っていたのは美紅と千穂ではなく、三人ともがレズビアンで放課後こっそり3Pに及んでいたんだ――とか、そんな少々卑猥なものまで様々である。  教師としては、やりきれない気持ちでいっぱいだった。確かに不幸な事故は続いたが、それを恨みや悪霊やらで片付けようなどとどうかしている。退院してきて以来、少し落ち込んでいたようだが、それでも当事者の二人は死んだ友人のためにも生きようと必死で前を向いているというのに。  何故、素直に友人の死から立ち直ろうとする少女達を応援できないのだろう。  ゴシップじみた噂を撒き散らして、悲劇や喜劇に仕立てたがる連中が後をたたないのだろう。 『……私、好きになってはいけない人を、好きになっちゃったんです』  実のところ門倉は――松尾美紅が死ぬ少し前に相談を受けていたのだった。  つまり――友人だと思っていた同性を、本気で好きになってしまった自分のことを。
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