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 希望して取得する休みと別に、定休日がある。当然のごとく、平日である。その、平日と休日の概念自体を世間と共有できない職種、大別するところのサービス業に従事していれば、土曜と日曜の週休二日制なんてものとは無縁だ。もっと言えば、自分のようなシフト勤務の人間にとっては、朝と夜の価値さえ他人と変わってくる。今朝賞味期限が切れたパンと、ジャケ買いした翻訳ミステリの文庫本。休日として与えられた平日の夜を一緒に過ごすのは、大抵そんなメニューだ。鳴り出した携帯電話を前に、誰かからの呑みの誘いだったら断ろうなんて、用件を知る前から思う程度には独りでいたい気分の夜でもあった。  画面に浮かび上がった名前を見て、しかし、上手く断る自信は薄れる。スピーカーの向こうの滑らかなテノールの所有者は、鮮やかな話術を以って、数十秒後には来るか来ないかの二者択一を慧斗に迫っていた。 「三十分くらい……かかりますけど」  行くとも行かないとも断言しない、正直なだけの答えが口をついてしまったのだから仕方ない。有能な営業マンとして第一線で働く人に対抗するには、自分は経験も免疫も耐性も足りないのだ。実際には計算より五分ほど早く、二見の住むマンションの前に降り立つことになった。バイクを停め、エントランスを開けてもらう。何度か訪れたことのあるその号室のドアホンを押した慧斗を出迎えたのは、疑いようのない予想通りの人物――ではなかった。 「こんばんは」  至って明快に白色人種がルーツに見える二見と違い、どこか中東のイメージに働きかけるようでいて西洋的でもあり、もちろん半分を占めるのはアジア、という複雑な風貌。 「寒かったでしょう」  泰然とした動作で慧斗を招き入れる彼には、何度か会ったくらいではまだ見慣れないと思わせられる。 「どうぞ、入って」 「――狭いところですが。って?」     
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