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 四十分……と口の中で復唱して、コンポの時計に目を凝らす。会話のわずかな隙間を埋めるように、スピーカーの向こうで乾が言った。 『俺の言ったこと、憶えてる?』 「憶えてますよ……」  即答できたのは、それが念頭にあったからだ。自分にとって懸念でさえある一つの約束(……提案と言ったほうが正確だろうか)は、乾の帰国を控えた昨夜あたりから、ずっと頭から離れないでいる。 『まあ、無理は言わないよ。冗談半分で言ったことだし、本気にされなくてもしょうがない。つーか中村くん、最初から乗り気じゃなかったもんなあ』 「……ううん。行くよ、行きます」  あの時、乾の部屋でテレビを見ながら喋っていた時。ふと悪戯を持ちかけるように言った彼の言葉から、半分の冗談を差し引けば、残るのはもう半分の本気だろう。慧斗が乗り気でなかった理由は単純に、生活の中での移動手段を原付バイクにほぼ限定している自分が、いくら免許の更新はしているとしても、乗用車それもスポーツカーを運転するのは勇気がいるからというだけ。  スーツケースを携えて徒歩で移動するには、少し距離が長い。行きは駅までバスを使うと言っていたが、自宅前にバス停があるわけでもなく、時刻表の間隔にも翻弄されがちな公共交通機関は、不自由な面が多い。     
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