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 やがて肉眼で確認できたのだろう、元のテレビを眺める姿勢に戻る。それを見届けてから改めてガラス戸を閉め、慧斗は急いで煙草に火を近づけた。大きく吸い込み、禁断症状からゆるやかに解放されていく感覚にしばらく身を任せる。  今日の乾は、あまり喋らない。日頃の会話は、他愛ないものから真剣なものまで彼の饒舌で持っていると自覚はある。彼の饒舌がなくなると自分の口下手――それも会話のきっかけさえ考えあぐねて黙るほどの――だけが残ってしまうのも、じゅうぶん過ぎるほどわかっている。気詰まりというわけではないが、当方力不足につき間を持たすことができません、というのも正直なところ。今この瞬間に口下手が劇的に改善されるなんて奇跡が起きるわけもなく、自己分析と自己反省がループする中、寒さに凍えながら、肺に渦巻くニコチンに容易い慰めを感じているというわけ。  年明け早々から、トラブル対応に追われているらしい。  らしい、なんて伝聞形じゃ、まるで噂に聞いたみたいだけど。簡単に教えてもらっただけだし、どのみち詳しく教わってもイメージが湧かないし、そもそも門外漢に専門用語をくどくど聞かせるようなひとではないから。残業と休日出勤が多くなり、最近特に疲れた様子を隠せなくなってきていて、久しぶりの土曜休みを控えた今夜それもピークに達していそうだ。そんな事実と観察から、ずいぶん大変なんだろうなと想像するのが精一杯だった。     
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