1

4/8
275人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
 こぼれた灰がニットに落ちたような気がして、胸のあたりを手で払う。短くなった煙草をもみ消し、慧斗は部屋に戻った。  ベッドの脇の大きなかたまりを跨ぐ。荷造り前の、空のスーツケースが広げてあるのだ。月曜から三泊五日の海外出張なのだそう。ぽかんと口を開けたような形でそのままになっているスーツケースは、急な出張のために急遽引っ張り出された慌ただしさを物語るようだった。現時点でそれ以上の仕度を放棄してあるのも、心身の状態を物語っているのかもしれない。荷物を詰め込むのは、今夜でなくても確かに間に合うだろう。  乾が不意にリモコンを掴み、チャンネルを変える。テーブルの上の黒くて薄い機械にその機能が備わっていることを、今思い出したかのような仕草だ。国営放送の天気予報にチャンネルが合うと、そこでザッピングをやめる。来週の日本の週間天気なんて、見てどうしようっていうんだろう。  さっきまで座っていた場所、小さなテーブルを挟んだ向かい側に戻るのをやめて、乾の隣に腰を下ろす。 「……週間天気なんて見て、どうすんの?」  ちらりと向けられた目と、目が合う。乾は口元を大きくゆるめて破顔した。 「――だよな」  笑いながら伸びをして、ゆっくりと床に寝転がる。ちょうど視界に入ったのだろう慧斗の手を握り、手のひらの中で弄び始めた。     
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!