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 静けさを押し上げるように、昼下がりの気配がひたひたと部屋に満ちている。カーテン越しに届く太陽の光は、うっすらと弱い。車の音や時々聞こえる人の声は、雑音と呼べるほど確かな不快感を与えるものではないが、子守唄代わりになるほど心地よいものではなく、どこまでも日常の音だ。  浅い眠りの向こうの、いつもの気配。  枕元で、くぐもった低い音がする。振動に付随した音ははじめ意味を持たず、少しの時間を要して、それが携帯電話のバイブ音だと悟る。慧斗は寝返りを打ち、震える機体を引き寄せた。  着信中の文字とその下の人名を起点とした状況判断は一瞬、どうやったかなんて自分でもわからないまま、跳ね起きると同時にスピーカーを耳に押し当てていた。 「――はい」 『中村くんに通じてる?』  独特の、どこか間延びして聞こえる温和な声。 「あ、うん……」 『ごめん。その声、寝てたよな』  起き抜けの声は、部屋の乾燥が喉に与えたダメージと相まって、かなりかすれていた。 「だいじょぶ……乾さん、今」 『もう空港。あと十分くらいで快速が来るから、四十分後くらいには駅かな』     
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