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玄関のベルが鳴る。それも無視するつもりでいた。しかしその訪問者はなかなかその場を立ち去ろうとしない。八千代はとうとう折れて、覗き穴に目を当てた。そこには仁保が立っていた。乱れた髪を撫で付けながら、八千代はドアを開ける。
「八千代が心配で心配で……。電話にも出ないし……」
部屋に入るなり、語り出す仁保の目には涙が浮かんでいた。
「仁保?」
八千代は冷静さを保とうとしたが、心臓は激しく波打つ。
「聞いて、八千代。邦彦さんから告白されたけれども、断ったの。大事な友達の恋人を私が取るわけがないじゃない? それに私、好きな人がいて最近、付き合い始めたの」
八千代は狐につままれたような気持ちになっていた。邦彦と仁保は結ばれて、仲良く笑い合っている様を思い浮かべては、両手に顔を埋めて嗚咽していたのだから……。邦彦に別れを切り出されてからよく眠れずに苦しい日が続き、すっかり八千代は神経をすり減らしていた。
「本当に?」
仁保は眉根を寄せて、頷く。
「ええ。八千代の恋人だった人のことを悪く言うのも申し訳ないけど、ちょっと自意識過剰よね。私が断った時に『八千代に気を使っているんだろう』ってしつこくて……。『付き合っている人がいるから』って言っても信じてくれないから、実際に彼氏に会ってもらったの。最終的にはわかってくれたみたいだけどね」
思わず、八千代の口から声が漏れた。それは気の抜けた笑い声だった。
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