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「どう考えても変だ。堅苦しい。もっとカジュアルな恰好でくればよかった」
「……ああ、一人だけスーツだもんね。俺もスーツ着ればよかったよね。気づかなくてごめん」
「自分の家でスーツなんて変だろう。でもヒューゴはいいよね、スーツ似合うから」
死にそうな顔で、それでも言いたいことを言う様子に、ヒューゴは笑いだした。良多は自分にはスーツが似合わないと頑なに信じこんでいる。すれ違った人が振り返るほど恰好いいのに。初めてスーツ姿を見せてもらった時、ドキドキが止まらなかった。それは初めて手をつないだ日でもある。
「良多って、ほんと時々おもしろいよね」
「……着替えに帰りたい」
今日の待ち合わせは、用事があるため先に出たヒューゴと、ヒューゴの実家の最寄駅の改札前で、という約束だった。それに遅刻したうえ、その上だだをこねる様子はまるで子どもだった。おそらく家をでる直前まで何を着るか悩んだのだろう。ヒューゴはとうとう本格的に笑ってしまった。良多はそれをにらみつける。
「ごめんごめん、良多、俺の友だちと会う時も、会う前さんざんナーバスになって、でも会ったら超いい感じにしゃべってて、すごくスマートだった。みんなめちゃめちゃ褒めてた」
良多はまんざらでもない顔になった。
「それは大人だからね。社交くらい……って今何時だ。何時に行くって言ってたっけ?」
「二時。まだ時間あるし、それに遅れても平気だよ、家だから」
「そういうわけにはいかないだろ、ほら行こう。あ、指輪はずさないと」
「なんで? せっかく二人で買ったんだからみせびらかそう」
「何考えてる? 信じられない! 初任給を無駄遣いさせたって思われる……」
バカなんじゃないか、という目をして良多は言った。この顔も好きだな、とヒューゴは思う。
「だって初給料で指輪買うの、子どもの頃からの夢だったし。てか、はずした方がドン引きだろ? 二人とも指輪の下にタトゥー入ってるんだから」
「……本当だ、どうしよう……、だから反対だったんだ。ぼくだけすればいいってあれほど……あっ、ずっと手をポケットにいれてれば……」
良多は真剣に言った直後、「ぼく何言ってるんだ」と半笑いになった。
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