2、バースデイ

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 せんせいもヒューゴも、須美にとっては光の世界に生きる人間だ。恵まれた環境に生まれ、それを活かす才能と力がある。周囲からちやほやされてもスポイルされたりせず、前へ進み続ける。  そんな二人がなぜか須美を求める。それが一番首を傾げたくなる、不可解なことだった。  彼らと接していると、時々劣等感に苛まされることがある。恵まれた彼らは地べたをはいずりまわり、停滞どころか後退するような経験などしたことがないに違いない。将来に絶望して、何もかも投げ出してしまいたくなることなど。もがいても何も実を結ばない暗黒など。  そんなことをぼんやりと思ったが、すぐに打ち消した。いや、彼らは彼らなりに高いステージでの挫折や敗北があるのかもしれない。自分の尺度だけで考えてはいけない。  そこまで思うと深く息を吐いた。どうしようもないことを考えるのはやめよう、と目を閉じた。明日の朝は冷凍していたバケットを解凍して朝ごはんにしよう。  せんせいは朝まで自分のもとにいてくれるだろうか。  せんせいは瞬間瞬間を生きている。須美のもとに予告なしに来たと思うと、急に仕事モードになってスタジオに戻ってしまう。誰かの誘いにのって何時でも構わず出かけてしまう。家庭が恋しいと、妻の尻に敷かれる夫の顔で、喜々として自宅に戻る。  せんせいの腕に身体を寄せ、この人と自分の手を手錠でつなぎたいと思った。そうすればどこへ行くにも自分を連れてゆかねばならなくなる。気づけばいつも、そんなことを考えている。  せんせいの寝顔をしばらく見つめると、やや気がすんだ。多くを望みすぎてはいけないと自戒する。  さまざまなことをいったん丁寧に封印してから、床の上で目を閉じた。今度は瞼の裏側で、ヒューゴのことを思った。今日の一番最後の記憶はヒューゴがいい。ヒューゴを思うと、途端に柔らかい気持ちになる。  とても美しいぼくのヒューゴ。突然のキス。  あのキスは誰のものでもない自分だけのものだと思うと、温かなもので胸が満たされる。すっと眠りに落ちることができた。
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