1、デート

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 しかし、職場と住まいが公園をはさんで北と南にあり、通勤の最短距離を選ぶと、おのずと公園を通ることになる。毎日のように公園を行き来しているから、ヒューゴとの待ち合わせも、普段ならすぐだ。  今日は予定の後の待ち合わせのため、地下鉄の駅から約束の場所に向かう。そういえば顔が赤くなっていないだろうか。酒を飲むとすぐ顔にでるのだ。  さっき少しでも大人っぽくと分けていた前髪を、手櫛でくずしたばかりだった。  須美は小柄なうえ、実際の年齢より若く見られがちだった。カラーもパーマもしていない黒髪が、そんな須美を余計に幼く見せている気がしてならない。スーツは似合わないと自分でも承知していた。  だから、せめて、と髪を整えていたのだったが、地下鉄の窓ガラスに映る自分を見て、突然、気恥ずかしくなって、やめた。  それを今後悔している。つまり、何が正解だか、わからなくなっている。  園内ではスーツや着物姿の若者がちらほら目につく。公園に隣接する大学の卒業生たちだ。  須美は去年の今頃、大学をかろうじて卒業した。式には出なかった。形だけの式典に出ても金は入らないが、バイトに出ればその分時給が発生するからだ。  もう一年もたつのか、と思う。自分と年齢のほとんど変わらない彼らとすれ違う。  自転車を何台かやりすごして、サイクリングコースを横切った。植えこみのすきまにできているけもの道に飛びこみ、通り抜ける。その先の陸橋を渡って階段を上がれば、公園最大の広場である中央広場にたどりつく。  息をきらしながら上がりきると、風をまともにくらう。暖かくなってきたとはいえ、ここ数日ぐっと寒い。石畳でおおわれた広場は、中央に公園のシンボルになっている塔がそびえていて、スタジアムと体育館が左右にあるほか、地味な噴水とベンチがある。ここに来ると、東京ではなかなか感じることのできない空の広さを感じる。  探すまでもなく、噴水のそばでマウンテンバイクをとめてベンチに座っている赤いジップアップパーカーを見つける。  キャップをかぶった上にフード。その上からさらに細いヘッドフォンをつけて、古いiPodでいつも音楽を聴いている。ストリートっぽい恰好をしていても、どこか育ちの良さを感じるヒューゴの背中だった。
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