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〔Prologue〕
「ヤッター! 当たったー! 億万長者だー!」
これは、ほんの数日前にこいつが発した「寝言」である。
覚醒時でさえ薄ぼんやりとした受け応えがデフォルトのこいつにしては、珍しく喜色満面の笑顔且つ、妙にはっきりとした滑舌だった。
夢の中だというのに――
あまりのインパクトに、俺の脳はくっきりはっきりと、この『寝言』をキャッチしてしまった。
はっきり言って、宝くじなど「愚の骨頂」であるというのが俺の考えだ。
金は自分で稼ぐものである。
あんな紙切れ一枚に神頼みなど、金の無駄遣い以外のナニモノでもない。
しかしながら、数多の人々が買い求めると言うことは、何らかの魅力があるのかもしれない。
残念ながら理解はできないが、その行為を否定するものではない。
その程度の常識は俺だって持ち合わせている。
寝言の翌朝は、そのことに全く触れず、「飛行機に間に合わなくなるよォー」などと大騒ぎをしながら、慌てふためいて出かけて行った。
夢というのは儚いものだ。
夢の中の内容にまで言及するのは野暮だと思い、こちらからも何も触れず、気持ち良く送り出した。
今日から俺達は、暫らくの間離れ離れの生活だ。
俺とあいつが出逢ったのは、高校時代に遡り20年以上前。
再会を果たし仕事上のパートナーとなって、早15年――その後いろいろなことがあったが、それらを乗り越え晴れて恋人になり、念願の同居生活を始めてから約8年が過ぎた。
俺にとって、あいつはかけがえの無い伴侶であると共に、仕事上でも優秀なパートナーである。
今回は、新規に開設する支社の立ち上げ要員として、副社長であるあいつが現地入りすることになった。
これまでも、互いの用事で1~2日程度離れる事はあったが、今回は約半月の予定だ。
あいつと過ごす事が当たり前になっている自分にとって、今回は仕事とはいえ何となく薄寂しい。
但し、俺は絶対にそんな言葉を口に出すことは無いだろう――それが、俺の一片の矜持だから。
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