〈第十章〉待ち伏せその3

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〈第十章〉待ち伏せその3

トオルは何もいわず上機嫌でドライブしていたが、 急に思い立ったように 「そういえばひろこさん、何か食べたいものあります?」 と聞いてきた。 そういわれたら、少しお腹が空いてきた気はする。 「ちょっとお腹が空いてきたけど、大丈夫だよ。 王子も待ってるし、行こう!」 と、ひろこは言った。 「あいつなら待たせとけばいい。 ひろこさんが待った一ヶ月に比べたら、 この数時間なんてたいしたものじゃない。 それに、あいつも腹減ってると思うから、軽く何か買っていきましょう。」 そう言われればそうか。 そう思って二人はコンビニに立ち寄った。 「張り込みしているタカヒト刑事には、アンパンと牛乳でいいね。」 うひゃひゃと笑いながら トオルがレジかごに放り込む。 くすっとひろこが笑うと、 トオルが少しほっとしたような顔をした。 「やっと笑った。」 「あ。」 ひろこは少し赤くなった。 笑ったのなんていつ振りだろう? 『そういえばいつもばあちゃんが言ってたな。 笑ってれば十人並み以下でも美人に見えるとよ。って。』 本当にそうだよなとひろこは思った。 「あいつさ、ひろこさんが笑っていないのは イヤだって俺に言ったことがあるんですよ。」 ぽつりとトオルが言った。 「俺がね、田中さんに引き合わせた時、 タカヒトが“ひろこさんがため息ついてる”ってずっと心配してたんです。」 「そうだったんだ。」 そんなところまで見られていたとは。 ずっと思われていたことを知って、ひろこは少し嬉しくなった。 「あいつもひろこさん、泣かせたくせにねえ。」 トオルと目が合う。 おかしくて二人で吹き出した。 とりあえずひろこも同じアンパンと牛乳を買うことにした。 彼と二人で食べたら、 きっとどんなご馳走よりも美味しいに違いない。 ひろこは確信していた。
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