〈第十五章〉待ち伏せその8

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〈第十五章〉待ち伏せその8

トオルの車から降りてきた人影の 輪郭がはっきりとした像を結んだ。 タカヒトは信じられない気持ちだった。 「ひろこさん!」 彼は叫ぶと、走り出していた。 「ひろこさん。」 彼女をぎゅっと抱きしめる。 シャンプーの香りがした。 ゆっくりとぬくもりを確かめる。 「本当にひろこさんだよね、幻じゃないよね?」 ひろこが苦笑いしながら、タカヒトを見上げた。 少し痩せた顔は、前よりも綺麗になっていた。 「こんな顔、二人もいないよ。」 呆れたように言う。 「妹にも似てないのに。」 タカヒトはひろこさんの頬に手を添え、 じっと見つめた。 彼女の顔を見ているだけで、幸せだった。 穴が開くほど見つめられて、 耳まで赤くなっているひろこの顔を見て 「ひろこさん、可愛い。」 彼が思わずつぶやくと さらに彼女は赤くなった。 「お腹、空いたんでしょっ!」 はいっとコンビニの袋を渡される。 照れたように言ったその言い方もまた、良かった。 コンビニの袋を開けると、 中にはアンパンと牛乳が二つずつ入っていた。 タカヒトは苦笑いした。 「ひろこさん家で待ち伏せ。からの張り込みか。 トオルなりの笑いの表現なんだろうなあ。」 「あら、私は思わず笑っちゃったけど、面白くなかった?」 ひろこさんが聞いてきた。 「ひろこさんが面白いと言うのなら、R-1取れるレベルです!!」 タカヒトがすかさずまじめな顔で言うと、 ひろこさんが吹き出した。 久しぶりに彼女の笑顔を見た。 「王子は私に甘いよ。」 「当たり前でしょ、ひろこさんは特別なんだから。」 ふふふ、と笑いながら タカヒトはひろこさんの肩を抱いた。 「俺、ひろこさんと付き合うまで、 こんなに小さい人間だったなんて自分の事。 思ってもいませんでした。」 「図体でかいのにね。」 ひろこが言うと、タカヒトは赤くなった。 それと同時にタカヒトの腹の虫が、盛大に鳴る。 タカヒトはさらに赤くなった。 「あら、腹ペコで殉職しちゃうね。」 ひろこは言うと、アンパンの袋を開けた。 「はい。」 と、タカヒトに渡す。 受け取って一口かじると、胃袋に染み渡る旨さだった。 『今日食べたアンパンの味は、一生忘れないぞ。』 そうタカヒトは心に刻み込んだ。
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