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「ね、とびきり甘かったでしょ?」
唇を離した美織は、悪戯っぽい顔で笑った。
「美織……」
可愛くて愛おしくて甘ったるくて、俺は彼女をぎゅっと抱きしめようとした。
──けれど、その手は空を切った。
美織の姿は急に色を失って、彼女の向こう側にあるはずの景色が透けて見えた。
「……ごめんね、もうお別れみたい」
「なんで!」
「約束の甘いもの、渡せたからかな」
「ダメだよ、行くなよっ!」
「……ふふふ、ありがとう」
ほとんど透明になった美織が、小さく笑う。
『貴哉くん、大好き』
囁くような甘い声が、冷たく白い空にとけた。
「美織! 俺も! 俺も大好きだよ!」
勢いよく放った言葉は、誰もいない宙で急にくるりと旋回して、屋上のアスファルトの上に力なく墜落した。
届かない言葉は、やっぱり出来損ないの紙飛行機みたいだ。
ちゃんと飛ばせる折り方、誰かに教わっときゃよかった。
フェンスにもたれかかったら、身体はずるずると地面に崩れ落ちた。
口の中に残る、喉がカラカラになりそうな甘み。
『とびきり甘かったでしょ?』
……全然だ。
こんなの、死ぬほど苦い。
めちゃくちゃ苦くて……
「ははは、しょっぱ……」
知らぬ間に溢れていた涙が口に入って、少し声に出して笑ったら、一年前のあの日と同じ綿雪が、目の前をふわりと舞った。
~End~
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