苦くてしょっぱい。

13/13
31人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
「ね、とびきり甘かったでしょ?」 唇を離した美織は、悪戯っぽい顔で笑った。 「美織……」 可愛くて愛おしくて甘ったるくて、俺は彼女をぎゅっと抱きしめようとした。 ──けれど、その手は空を切った。 美織の姿は急に色を失って、彼女の向こう側にあるはずの景色が透けて見えた。 「……ごめんね、もうお別れみたい」 「なんで!」 「約束の甘いもの、渡せたからかな」 「ダメだよ、行くなよっ!」 「……ふふふ、ありがとう」 ほとんど透明になった美織が、小さく笑う。 『貴哉くん、大好き』 囁くような甘い声が、冷たく白い空にとけた。 「美織! 俺も! 俺も大好きだよ!」 勢いよく放った言葉は、誰もいない宙で急にくるりと旋回して、屋上のアスファルトの上に力なく墜落した。 届かない言葉は、やっぱり出来損ないの紙飛行機みたいだ。 ちゃんと飛ばせる折り方、誰かに教わっときゃよかった。 フェンスにもたれかかったら、身体はずるずると地面に崩れ落ちた。 口の中に残る、喉がカラカラになりそうな甘み。 『とびきり甘かったでしょ?』 ……全然だ。 こんなの、死ぬほど苦い。 めちゃくちゃ苦くて…… 「ははは、しょっぱ……」 知らぬ間に溢れていた涙が口に入って、少し声に出して笑ったら、一年前のあの日と同じ綿雪が、目の前をふわりと舞った。 ~End~
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!