まだ忘れてないから

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まだ忘れてないから

俺は事件の真相を探るべく、執念深く調べ歩いた。ただ正義を信じ、真実を明らかにするために探偵のように歩いたつもりなのに、妹に陰で罵られた。 「危ないやつの妹だと思われて最低!死ねよ、死ね。死んだフリして同情引いて好き勝手するな!」 大人しい妹が豹変した。 「忘れてない、いつも身勝手。兄貴面して取り繕ってる癖に、思いやりのかけらもない。死ねよ、山の呪いとかなんでしょ?探偵ごっこで塾の先生にストーカーする変人は、消えろ」 不思議なことにアイドル桃に抱いていたような、女への理想が重機で打ち壊されていく。妹の夜叉のような姿、罵声。 あの山の女の幽霊が妹の後ろにいる。 俺は…俺は…死ぬ…? いや、生きる。生きて、この血を分けただけの妹という存在を越えてみせる。 「うるせえよ!お前みたいなクソガキに何がわかる!?可愛くもないお前より俺は…俺は…100倍努力してやる」 「ケッ、口だけ番長!」 妹はドアを乱暴に閉めて自分の部屋に戻る。 俺はそれから100倍努力して、登山のスキルを上げた。走り込み、腕立て、あらゆる筋トレ。いつか、あの山に犯人の目星を付けたあいつが引き寄せられるはず。 そんな努力も虚しく、あいつは女の癖に複数の女子に対する未成年淫行で逮捕されて、拘置所で隙を見て首をくくった。あの男の又従姉妹だった。そして、アイドル桃殺しの真犯人だとブログに書き残していた。 どんなに乞おうとも成し遂げられない復讐がある。復讐の連鎖は数珠繋ぎでループする。どこかで、立ち切るには…。 どんなに摩訶不思議な力に魅せられても、立ち入ることが怖い山がある。俺は登山のためだけに身に付けた身体能力を、宛てもなく走る事で発散した。陸上とかマラソンじゃない。 ただ、自分の息が上がるまで走って、走って、走り続ける。疲れで全てを忘れるまで走ってから、ほんの少し勉強もするようになった。 眠りこける直前の退屈な勉強は、睡眠薬のように聞いた。 もう、憧れたアイドル桃はいない。自殺仲間もいない。探しだした犯人は妹と変わらないくらいの年齢の女子に嫌らしい事をして、獄中で自殺…いや、あの山の女の幽霊かもしれない。 俺には何もなくなった。でも、今から復讐(リベンジ)するんだ。取り憑かれたような闇を振り払い、生き直してみせる。妹に歯ぎしりさせるほど、文武両道の人間になってやる。 (死ねよと言ったことを、いつか後悔させる) 俺は今、真人間になることを乞うて、疲れるまで走り、勉強し、級友とも話すようになった。 快復した俺を少しずつ皆が信じ始めた。 それでも悪夢を見る。あの山に妹を連れていく。それだけだ。突き落とさなくても、あの崖に轢かれる。悪夢は心地いいが、目が覚めると夢でほっとする。 俺は心の奥で悪を乞いつつ、規範に戻ることに心地よさを覚えた。何かを乞うよりも、普通の生活がこんなに穏やかで安らぐなんて。 いつの間にか、普通の型抜きに収まっていく自分に安心した。 アイドル桃を乞う気持ちは、自分の凡庸さから目を逸らすための欺瞞だった。 まだ忘れてないけど、もう振り返らない。 (終) ※久しぶりに更新して、強引に完結させたので辻褄が合わなかったらごめんなさい。
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