秘密のアルバイト代行

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秘密のアルバイト代行

ピッ。ピッ。ピッ。 「三点で千二百円になります。」 私がそういうと、男性はお札をこちらに差し出す。 「二千円お預かりいたします。八百円とレシートのお返しです。」 その人はそっけなく商品とお釣りを受け取る。 「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております。」 精一杯の愛想笑いで見送って、一息つく。 私、波平菜凪は央摩高校一年の十六歳。 央摩高校がある駅からわざわざ一時間ちょっとかかるデパート内の本屋でアルバイトをしているのには、ある理由があった。 プルルッ。プルルッ。 突然携帯が鳴り、店のエプロンのポケットから取り出す。 「はい、波平です。」 「あ、菜凪?ごめんねぇ、二週間も変わり頼んじゃって。」 電話口から聞こえたのは、元気いっぱいの高い声。 なれないバイトが三日も続いて疲れていたので、親友の声にほっとする。 「ううん、大丈夫。友達のお願いだもん、アルバイトくらいお安い御用!」 「助かる~!」 優果は先週、階段から足を踏み外して足をひねってしまった。 幸い骨折はしていないものの、歩くと痛むらしく、当分はバイトに来られないとのことだった。 私は彼女の助っ人で、二週間だけ代わりに仕事をこなすことになっていた。 「でも、気を付けてね。最近ここらへんにもうちの学校の教師、うろついてるみたいだから。代わってくれてるのに、菜凪にもっと迷惑かけちゃう!」 「うん。優果もお大事に。」 「ありがと。あとちょっとだから、頑張ってね。」 お互い、別れを惜しむようにして電話を切る。 央摩高校はアルバイト禁止。 優果のお父さんとお母さんはプロの音楽家で、今は海外出張に行っている。 家に一人の優果にとって、アルバイトはさみしさを紛らわすためのものであり、大好きな漫画を買うための仕事でもあった。 ここ二か月、よくばれなかったなぁ、と思う。 私は一昨日帰り道で、先生に出くわしそうになった。すぐに気付いた自分を偉いと思ってしまう。 「よし、がんばろ!」 ネガティブな気持ちを吹っ切るようにして、自分の頬を叩いた。
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