猿の木

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猿の木

 一人の僧の恰好をした若者が、山へ踏み入ろうとしていた。  辺りは音もない。  雪が、すべての音を封じてしまったようだ。  いよいよ、俗世から山へ、その境に来たのだな、と若者は思った。  堅く小さく結んだ赤い唇は少年を思わせ、強いまなざしは、まだ未来を探していた。黒い衣の下には、赤い絹の衣を着て、昨日の女の香がした。  若者は、悩むことに疲れていた。  考えてどうにもならねば、時が過ぎるのを待つしかないのか。しかし、自分の精神はどうにも持ちそうにない。  見上げれば、墨で描いたような岩山に、雪が覆いかぶさっている。天は雪のように白く曇り、山の輪郭は曖昧に見えた。  この山には神が住むという。幾人もの僧侶が、仙人になろうと分け入った山であった。 「神仏よ、おられるのか」  山はしんとして答えない。  若者は、考えに考えた挙句、山に、神仏に、自分の命を託すことにしたのである。
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