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「倉田さん、今日ご飯行かない?」
「あ……ごめんなさい、今日は帰らなくちゃいけないんで」
「そう。じゃあまたね」
私がのろのろとデスクを片付けている間に、同僚たちはオフィスを出て行った。誘いを断ったのは、これで一体何度目だったか。もうそろそろ誘いの声も掛けられなくなるだろう。
ロッカールームでことさらに時間を掛けて着替えをし、人目を避けるように会社を出る。
人混みに紛れ込むと、ふっと肩の力が抜ける。
やっと一人になれた。
「倉田のぞみ」ではなく「その他大勢の一人」になる瞬間、私は「私」から解放される。
電車に乗り、吊革に掴まって、窓に映る自分を見ないように、じっとパンプスの爪先を見つめる。
昨日の雨のせいか、右足のパンプスに乾いた泥が白くこびりついていた。反対側の左足で擦り落とすと、細い筋が伸びて出来損ないの模様を描き出す。
小さく舌打ちをすると、私の前に座っていた中年のサラリーマンが少し驚いたように顔を上げた。
電車が目的の駅に滑り込み、私は逃げるように電車を降りた。
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