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第二校舎の連絡通路から見た光を目指し、生徒玄関まで移動してきた可絵と航太は、校長室の扉が開いている事に気づいた。
床に小さな赤い血液の跡が点々としている。
それは保健室まで続いていた。
航太は可絵の手を引いたまま、校長室の中を覗き込む。
最初に目に入ったのは、絨毯の上に転がっているドアノブ。
校長の机の引き出しはすべて引き出され、書類や文具があちこちに散らばっていた。
「海野君、あれ」
可絵は、ライトグレーの絨毯に広がった血の跡を指さす。
赤黒いそのシミはバスケットボール程の大きさだが、湿っていた。
航太は可絵の手を握っているのとは反対の手で、シミに直接指先で触れる。
ぬるっとした感覚。
見ると、航太の指先に血液が付着していた。
「なに、これ」
航太は不快そうに、血がついた指を絨毯の別の部分に擦り付ける。
「ここでなにがあったんだ?」
航太は、ノブがあった場所を見た。
血のついたクロスボウの矢が突き刺さっている事に気付き、顔を歪める。
「うわ。まじかよ」
喉の奥から発せられた低い声は、不快感で満ちていた。
周囲を見回し、息を吐く。
「悪趣味すぎだわ」
「海野君」
それまで黙っていた可絵が航太に声をかけた。
可絵は航太の手をそっとほどくと、絨毯の別の部分を指差す。
「よく見たら血が点々としているの。怪我をしたまま移動してるんだと思う」
「どこに?」
「出血の量可から考えると……保健室かもしれない」
「そっか。行ってみる?」
コンビニでも行くような軽い口調の航太に、可絵は黙って頷いた。
保健室に移動した二人は、洗面台に置いたままの使いかけのガムテープや、血の付いた包帯を目にする。
校長室の血の主は、自分で手当てをしたらしい。
見ると、乱れたベッドの上には、血がついた跡がある。
「どこに行ったんだ?」
航太はベッドの下をのぞき込んだ。
しかしいるはずもなく。
保健室の中を注意深く見ていた可絵と目が合うが、可絵も首を横に振る。
「んーー」
航太は背伸びをした後、首を鳴らした。
第一校舎といい、第二校舎といい、決して広いわけではない。
それなのにこんなにも人も犬も見つからないものだろうか、と考えていた。
仕組まれたような状況だと思い、気づく。
ようなではなく、本当にそうなのかもしれない、と。
校内の窓に針金を巻いて開閉できないようにするのも、なかなか手が込んでいるし、突発的なものとは思えない。
校内に残された人間も、選ばれて残されたのだとしたら?
航太は軽く考えていた脱出が不可能かもしれないと、ここにきて初めて気づいた。
恐らく、この状況を作りだした人物が納得するまで、自分たちは解放されないと。
(最後の一人になるまで殺し合いしろって言われたらどうするっかなー
りんいっちゃんと殺し合いとか無理だし、できれば藤木の事も殺したくないなぁ)
凛一や可絵もが死んで、肉の塊にになってしまうのは嫌だった。
でも自分が死ぬ気もない。
(とりあえず仕組んだ奴を捕まえて……)
黒い感情が航太の中に広がり始めた時だった。
「海野君」
名前を呼ばれ、はっとする。
可絵が訝し気な表情で、航太を見つめている。
「あ、ごめん。聞いてなかった」
「動き回るのは危険すぎる。カフの事はもういいから、だからあなたは最上君達と合流して」
「え? 藤木はどうすんの?」
可絵は顔を伏せ、少し間をおいて口を開いた。
「あなたを危険に晒してまで、自分の事を優先できない」
航太の胸の奥に、じわっと沁みるような熱い感情が沸き上がる。
明らかに異常な校内だと知りながら、一人でカフを捜していた可絵。
その可絵が、航太の身を案じてカフを諦めようとしているのに、航太が無視できるわけがない。
航太が可絵の頬に右手を伸ばすと、それに気づいた可絵が避けようと顔を背けた。
航太はそれを、もう片方の手でぐいっと押さえて、自分の方を向かせる。
「藤木。俺の事はいいから。自分だって危険だってわかってて一人になったんでしょ? カフを見つけて、そんでりんいっちゃん達も捜す。
もしかしたら、カフを見つけるより先にりんいっちゃん達と会うかもしんない。
そしたら、協力してもらって捜す。それでよくない?」
「……わかった」
「本当に? 藤木、勝手に一人で捜しに行きそうだから信頼できないんだけど」
「行かない。だから手、放して」
「えーー どうしよっかな」
可絵を揶揄う航太を、可絵がむっとした顔で睨みつける。
珍しいその表情を引き出せた事に、航太が嬉しそうに微笑んだ時だった。
背後から、ヒュンっという小気味よい、風を切る音がした。
振り向いた航太の目に、クロスボウを構えた真壁の姿が映る。
「真壁?」
真壁の手にしたクロスボウには、矢は装着されていない。
(どこに?)
と思った刹那、航太は自身の左足に激しい痺れを感じ、床に崩れた。
「海野君っ」
可絵の自分を呼ぶ声が、保健室に響く。
航太は痺れを感じた左足を見ると、太ももの真ん中にクロスボウのボルトが深く突き刺さっていた。
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