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「海野君っ」
険しい表情の可絵が航太の名を呼ぶ。
航太の右足は痛みのせいか、麻痺したように動かない。
「真壁? なんで?」
クロスボウを構え、怯えた顔で航太を見ている真壁に、航太は声を荒げる事なく問いかけた。
真壁は頬をぶるぶると震わせ、構えたクロスボウを航太と可絵、交互に向ける。
「お前もだろうっ!? お前も、いや、お前達も俺を殺そうとするんだろうっ!」
興奮した真壁が捲し立てた。
航太は首を横に振る。
「意味わかんないんだけど? 殺そうとしてるのは真壁の方だろ?」
「お前達が俺を殺そうとするからだ!!」
そういって真壁が再びクロスボウのトリガーに指をかける。
射られたボルトは、航太のすぐ近くの床に刺さった。
「くそっ! 動くなっ」
「動いてないっつの。なんなんだよ。お前ってそんなやつだったっけ?」
航太は努めて冷静に返す。
本当は痛みで叫びたい気持ちだった。
なにするんだって怒鳴りつけたかった。
しかし、すぐ側には可絵がいる。
航太は可絵に真壁の矛先が向かないよう、慎重に行動していた。
「俺は……俺は聞いてたんだよっ! なのに、誰もわかってないんだっ」
真壁の吐き出すような言葉に、航太は眉を寄せる。
「なにを聞いてたんだ?」
航太が尋ねると、真壁はびくっと体を震わせた。
涙で濡れた瞳が、すがるように航太を見つめる。
「お、お前はどっちでもないのか?」
「どっち?」
航太は隣にいる可絵に目を向けた。
可絵もわからないというように、首を横に振る。
「なんだんだ? そのどっちでもないって」
真壁の目が左右に忙しなく動き、迷っているのが航太にも伝わった。
真壁が精神的に限界に来ているのは、航太も可絵もわかる。
この会話をやめてしまったら、真壁は躊躇することなく二人を殺めるだろう。
刺激しないように言葉を選んで、航太は続けた。
「俺達は何も知らない。だから悪いけど、お前の質問に答えてやる事はできない。ごめんな」
航太が頭を下げると、真壁はぽかんとした表情になる。
いきなりクロスボウで襲撃してきた姿から想像できない程、毒気の抜けた姿だった。
真壁は航太に向けていたクロスボウを、すっと下に下ろす。
「真壁?」
航太に呼びかけられた真壁は、疲労の濃い顔をくしゃっと歪める。
無理矢理笑顔を作ろうとするように。
「悪い、航太。もうさ、俺、限界なんだ。誰を信じていいかわかんねぇし、なにより、信じて裏切られるのが、マジで怖いんだよ。
だからもう誰も信じたくないんだ。ごめんな」
そういうと真壁はクロスボウを構えた。
航太は目を細め、深く息を吐き出す。
「わかった。お前がそのつもりなら、もうなにも言わない。でもさ」
「……なんだよ」
「そのクロスボウの矢、ずれてるけど大丈夫なの?」
「えっ?」
真壁がクロスボウの先を確認するために下を向いた瞬間、航太は一気に真壁の側まで距離を詰めた。
その間、30メートル程あったが、傷を負った航太が動けると思っていなかったであろう真壁は動揺し、クロスボウを構えようとして落とす。
それを拾い上げようとした真壁の頭を、航太は思い切り蹴り飛ばした。
壁際に吹っ飛ぶ真壁を更に追い、腹部を破り抜く勢いで足を踏み下ろす。
真壁の口からは吐瀉物が飛び散り、航太はそれを不快そうに避けた。
続けて真壁の顔を殴ろうとした航太を、
「海野君っ!」
クロスボウを手にした可絵が、航太の名を呼び制止する。
「それ以上は必要ないと思う」
「ふ、藤木ぃ……」
涙と嘔吐で汚れた真壁は、可絵に媚びた目を向けた。
それに気づいた航太は、真壁の目の辺りを殴りつける。
「海野君っ」
「お前だったらやめないよな? そうだよな?」
目の辺りを押さえてのたうち回る真壁の首筋を、航太はぎゅっと掴み上げた。
「海野君、落ち着いて。無理したらあなたの怪我もひどくなるわ」
可絵は航太の足に刺さったままのボルトに目を向ける。
航太は一瞥した後、鋭い目つきで可絵を見ながら鼻で笑った。
「藤木、こいつはそれ以上の事を俺達にしようとしていただろ? 偽善ぶるのもいい加減にしたら? 俺が殺されても同じように庇うの?」
「それは……」
偽善という言葉に可絵が顔を曇らせると、航太は僅かに表情を和らげる。
「ここでこいつを離したら、どっちかが死ぬよ? それでも真壁を許す? どうする?」
航太の言葉に殺意を感じ取った真壁が、弾かれたように顔を上げた。
そして、自身の首元を掴む航太の腕に、懇願するように縋る。
「殺さない! お、俺が間違ってた! お前達は違ったんだろ? そうなんだろ?」
取り乱して暴れる真壁を、航太は目を細めて見た。
憐れむように。
「なに言ってるのかわかんねーよ。違うとか違わないとか」
「海野君。やめて」
航太の真壁を掴む手に力が入っている事に気付き、可絵は制する。
しかし真壁はそんな航太の様子に気付き、嬉しそうに笑い出した。
「ほら、やっぱそうなんだよ、藤木。俺と航太は同じなんだ」
「どういう事?」
可絵が真壁に聞き返すと、真壁はにやっと口を横に開く。
「教えない」
「え?」
その瞬間。
耳を塞ぎたくなるような、ドドドッという重い機械音が響いた。
音と共に感じた振動、そして、急に重みを増した真壁の体を訝しみ、航太は自身の手元を見る。
一目でわかった。
真壁が絶命している事に。
顔に刺さった無数の釘。
「真壁君っ」
可絵の悲痛な声が響いた。
航太は真壁の体を離し、音がした方を見る。
支えをなくした真壁の体が、冷たい廊下に崩れ落ちた。
「えらく物騒なもんもってるんだな。委員長」
床に広がる真壁の血を呆然と見ていた可絵が、弾かれたように顔を上げる。
「ね。私も驚いたの。生物室でこれを見つけた時。きっと、この日の為に用意されてあったんでしょうね」
そういって微笑んだ人物を見て、可絵は悲しそうに眉を寄せた。
航太は可絵を庇うように、可絵の前に立つ。
「どうしてあなたが真壁君を……加賀見さん」
名前を呼ばれた静奈の手には、女子高生が持つには不釣り合いな、緑色のネイルガンがあった。
「やっぱり、私達はバグでしかないんだって気づいたの」
「バグ?」
可絵が聞き返すと、それまで微笑んでいた静奈の顔が不快そうに歪む。
そして、航太と可絵に向けてネイルガンを構えた。
「そうよ。だから正すためにあなた達に聞くわ。藤木さん
海野君、あなた達はどっち?」
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