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消えた東堂の遺体を見つけた事、校長室で誰かに襲撃され、静奈がいなくなった事、視聴覚室で山森と樹里に会った事、森田の遺体が備品置き場にあった事。
少しずつ簡潔に話した。
可絵は口を挟む事もなく、静かに凛一の話を聞いている。
「生物室に入る加賀見さんを見かけたから、生物室に向かったんだけど、加賀見さん……なんかよくわからない事を言っていた。あの時もっとちゃんと話せていたら、こんな事にならなかったのかな」
そう可絵に問いかけながら、わかっていた。
あの時じゃない。
本当はもっと前に……と。
少し間を置いて可絵が口を開く。
「最上君。あなたはなにも悪くない」
「藤木さん?」
「すべて、避けようがなかったの」
「どういう意……」
可絵がなにを言っているのかわからず、問いかけたそん時。
校舎内のどこかで激しく物が倒れる音がした。
一瞬で可絵の表情が険しいものへと変わる。
「なに? 今の。上から聞こえたのかな?」
「最上君」
可絵は思いつめた表情でカフを見つめた後、凛一に手渡した。
「この子をお願い」
「え? どういう事?」
「海野君のところに、行かないと危ない」
可絵の口から航太の名前が出た事に、凛一は衝撃を受ける。
「藤木さん、航太と一緒にいたの?」
可絵はこくん、と頷くと階段に向かって駆け出した。
「藤木さん! 僕も一緒に行くよ。だからっ」
「カフを……お願い」
一度足を止めた可絵は、凛一に向かって小さく微笑むと一気に階段を駆け上がる。
「藤木さんっ!」
可絵は微笑んでいた。
いつも淡々としていた可絵が。
(航太を助けに行くから?)
「こんな時になに考えてるんだ。僕は……」
可絵の微笑みの理由がわからない。
捜していたというカフよりも、航太のところに行く事を選んだ可絵。
そんな可絵の姿を見送るしかなかった自分に、凛一は苛立った。
凛一は保健室隅にある小さなロッカーに目をつける。
子供の頃はトラウマだったロッカー。
しばらくは近寄る事もできなかった。
保健室に入った凛一は、ロッカーを開ける。
中にはプラスチック製のバケツと雑巾、モップと箒が入っていた。
それらを外に出した後、凛一はカフをロッカーの中にそっと置く。
「後で迎えにくるからね」
そういって戸を閉める。
可絵に託されたカフを置いていくのは心苦しいが、可絵が、航太が危険だと聞いて黙っているわけにはいかない。
保健室を出た凛一は、床に転がったままのネイルガンに気付いた。
少し迷い、手に取る。
真壁と静奈の命を奪ったであろうそれは、コンパクトな見た目に反してずっしりと重かった。
(一体誰が二人を……)
再び思考の波に囚われそうになった凛一は、慌てて気持ちを切り替える。
そして階段に向かって走った。
一段飛ばしで駆け上がった凛一は、まず二階の廊下を見渡す。
しかしなにかが揉み合うような音は、更に上から聞こえていた。
ここではないと見切りをつけ、次は三階へ。
しかしそこも人の気配はない。
となれば、あとは屋上。
鈴秋の遺体の状況を思い出し、額に嫌な汗が滲んだ。
しかし行かない選択はない。
屋上に続く階段を駆けあがった凛一は、屋上のドアを開けた。
冷たい空気が体の中に流れ込む。
夜の屋上は月明かりに照らされ、校舎よりも明るく見えた。
だから見てしまった。
仰向けで倒れた山森に馬乗りになった幼馴染が、その腹の辺りに何度も何度も何かを突き刺している姿を。
トス、トスっという叩きつける音だけが周囲に響いていた。
「航……太?」
喉が擦れ、絞り出した声はとても小さい。
それでも、名を呼ばれた航太が顔を上げる。
「え? りんいちゃん?」
それはいつもと同じ口調で。
張り詰めていた糸が切れたのがわかった。
床に座り込むと同時に、涙が次から次に溢れる。
「なにしてんだよ……なにしてんだよっ!!」
航太は手を止め、自身を見た。
赤く染まったカッターシャツに気付き、立ち上がる。
「こうしなきゃいけなかったんだ」
「なんでっ!? 山森は……山森は友達だろっ!?」
航太はなにも言わない。
凛一ははっとする。
屋上に可絵の姿がない。
「藤木さんはっ!?」
航太は首を横に振った。
「来てないよ」
「嘘だ! 藤木さんはなにかが倒れる音がして、だから階段を上って……」
「俺はりんいっちゃんに嘘ついた事ないよ」
その航太の声がとてもさみしそうで、凛一は心臓がきゅっと掴まれたようになる。
山森を害している姿を見なければ、この再開はとても嬉しかったのに。
「……ごめん。航太。ごめんな」
山森と樹里の言葉を思い出す。
凛一を迎えに行こうとして校舎に残る事になった航太。
目の前の事も、すべては凛一がきっかけだと思うと、謝るしかできない自分が歯痒かった。
凛一は、手にしていたネイルガンを床に落とす。
そのまま両手で顔を覆った。
航太は立ち上がり、手にしていたものを床に投げる。
からからと転がったのは、凛一もよく知る銀のペーパーナイフだった。
(なんであれがここに……?)
ペーパーナイフは第二校舎の生物室の前に置いたままだった。
違うものかと思ったが、ナイフの柄の細工に見覚えがある。
向井校長がオーダーして作ったというそれは、一点ものだった。
「りんいっちゃん、頭痛いの大丈夫?」
凛一の前に移動した航太は、心配そうに凛一の顔を覗き込む。
いつもの航太なのに。
いつもと同じ、優しい幼馴染なのに、と。
「……大丈夫だよ。ありがとう」
凛一がそう返すと、航太は嬉しそうに微笑んだ。
「りんいっちゃん、行こう」
「え?」
「ここにいたら危ない」
「どういう事?」
「あいつが……」
航太が何かいいかけたその時、ビュンっという風を切る音がして、航太の体が突然後ろに倒れた。
「航太っ!」
航太に駆け寄った凛一は、航太の左肩に刺さったものに気付く。
見覚えのある黒い鉄杭。
真壁が持っていたクロスボウの矢だった。
「んーー バグの排除まであと二人、か」
背後から聞こえたのは欠伸混じりの男性の声。
誰かに話しかけるのではなく、ぶつぶつと独り言を呟くように続ける。
「思ったより時間がかかったな」
鼻にかかったような癖声は、凛一も聞き覚えがあった。
「花屋先生!?」
振り返った凛一の左頬を、ボルトが霞める。
「そのまま動かなかったら、嫌なものを見る事もなく死ねたのに。残念だったな」
そう言って扉の前に立っていたのは、凛一もよく知る英語教師の花屋だった。
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